No.812 シカの肺        中国・青海大学


[動物]白唇鹿,雄,8歳.
[臨床事項]白唇鹿(Cervus albirostris)は中国の国家保護野生動物で,標高3,000 m以上に生息している.中国青海省の某養鹿場において2年間で150頭以上が同様の症状で死亡し病性鑑定を実施した.罹患鹿は元気消失,被毛粗剛,削痩が顕著で,下痢の高度なものもみられた.
[剖検所見]共通所見として肺のほぼ全域において拇指頭大に至る乾酪壊死巣が多発性から散発性に認められた.縦隔,肺門および腸間膜リンパ節は乳白色で手拳大に腫大し,割面では乾酪様壊死を示していた.また,消化管壁の肥厚する症例もみられた.
[組織学的所見]多数の類上皮細胞およびラングハンス型多核巨細胞を伴った広範な乾酪壊死巣が多発性に認められた(図1,2:HE).一部の肺胞内では好酸性物質が滲出し,肺胞内に充満していた.Ziehl-Neelsen染色では,類上皮細胞あるいはラングハンス型多核巨細胞の細胞質内に陽性桿菌が多数認められた(図3:Ziehl-Neelsen).壊死巣の一部では,石灰化が認められた.病巣部および便のスタンプ標本でも抗酸菌が認められた.細菌学的検査では,病巣部より人型結核菌(Mycobacterium tuberculosis)が分離・同定された.
[診断と考察]以上の所見より本症例を,「人型結核菌による白唇鹿における肺結核 Pulmonary tuberculosis due to Mycobacterium tuberculosis of Cervus albirostris」と診断した.組織学的には典型的な肺結核像を示していたが,日本ではこのような症例を経験する機会が少ないものと考え出題した.感染源として,後に飼育係が肺結核に罹患していたことが分かり,人型結核菌に起因していたことが明らかとなった.