No.817 イヌの歯肉腫瘤        北海道大学


[動物]犬,ゴールデンレトリーバー種,雄,8歳.
[臨床事項]1年ほど前に右下顎第4前臼歯外側部歯肉の腫脹に気づき,開業医を受診.腫瘤切除後,経過観察となった.1ヶ月前からその近傍の第1後臼歯下方の下顎体歯肉も腫脹してきたので,精査を希望し,本学家畜病院へ来院した.右下顎第4前臼歯外側部歯肉腫瘤(再発腫瘤;1.2 X 0.9 X 0.6 cm)と第1後臼歯下方の下顎体歯肉腫瘤(1.5 X 1.2 X 0.5 cm)を病理検査のため外科的に切除した.下顎歯肉の腫脹を除き,一般状態,血液および血液生化学検査で異常はなかった.
[剖検所見および参考事項]提出標本は外科切除された2つの腫瘤である.前臼歯歯肉腫瘤は乳頭状,後臼歯歯肉腫瘤は台地状で,正常歯肉との境界不明瞭であった.また,両者は粘膜下でつながっているように見えた.
[組織所見]腫瘤内部には上皮や骨様ないし象牙質様組織の形成は認められず,細く密実な膠原線維と紡錐形腫瘍細胞が束状に増殖し(図1. HE),交織性あるいは杉綾織り配列を示す領域もある.一部の腫瘍細胞には異型性があり,まれに大型あるいは多核細胞を形成する.有糸分裂像もまれに見られる.腫瘍組織は浸潤性増殖する性格が強く,腫瘍組織内には既存の正常組織(小動脈など)が取り残されており,それらの偶然間質内に円形細胞の小集簇が散見される(図2. HE).
[診断]歯肉の線維肉腫
[考察]本腫瘤切除後も再発を繰り返し,結局,右下顎全摘出に至った.さらに左下顎歯肉にも同様腫瘍が発生し,提出標本採取半年後には下顎全摘出となった.ゴールデンレトリーバーおよびラブラドルレトリーバーの上顎あるいは下顎歯肉に発生した同様な腫瘍9例(下顎リンパ節あるいは全身転移例を含む)を収集して共通組織所見を捜してみた.腫瘍組織内に上皮細胞や骨組織がないこと,細くて堅そうな膠原線維が束状配列すること,腫瘍細胞に異型性があり,有糸分裂像がまれに見られること,浸潤性増殖のために偶然間質が散見され,円形細胞の集簇巣を伴っていること,ところにより,細胞成分/膠原線維の面積比が大きいことなどが本腫瘍を疑う根拠となりうると考えられた.本腫瘍はその形態から悪性度が低いように見えるが,浸潤性増殖が強く,特に顎骨内へ浸潤増殖し,予後は極めて悪い.(梅村孝司)
[参考文献]Ciekot PA et al. JVMA, 204: 610-615(1994).