No.820 子ウシの肝臓      動衛研・つくば


[動物]ウシ,ホルスタイン種,雄,2ヶ月齢.
[臨床事項]1997年7月下旬,1ヶ月齢で導入された当該牛が,導入後数日で呼吸器症状を呈した.抗生物質投与等の治療を施すも好転せず,9月4日削痩顕著なため鑑定殺した.
[剖検所見および参考所見]剖検時,肝臓に著変は認められなかった.しかしながら,ホルマリン固定後,肝臓割面には針尖大の白色褪色巣がび漫性に認められ,細かい紋理様を呈していた.その他の臓器では,肺において化膿性肉芽腫性肺炎が認められた.肝臓に認められた組織学的変化は,検索したその他の臓器には認められなかった.
[組織所見]肝臓では,全葉性にほとんどすべての肝細胞にスリガラス状の弱好酸性細胞質内封入体が認められた(図1. HE染色).細胞質は封入体によって占められ,核は偏在していた.封入体の内部にコア様構造,線維状構造物,結晶状構造物等は認められなかった.肝細胞の配列は不整で肝細胞索は柵状構造を呈していなかった.特殊染色において,封入体はアザン染色で青色に,PTAH染色で封入体の辺縁部が青色に染まったのみで,PAS反応,メセナミン銀染色を含め,検索したその他の染色では陰性を示した(図2.PAS染色).免疫組織化学的検索では,封入体は抗フィブリノーゲン抗体陽性を示した(図3. 抗フィブリノーゲン免疫染色).封入体は電子顕微鏡学的に拡張した粗面小胞体内に蓄積した電子密度の低い顆粒状物として認められた.
[診断]スリガラス状フィブリノーゲン封入体形成を特徴とする肝細胞変性
[考察]今回認められた封入体は病理組織学的,免疫組織化学的ならびに電子顕微鏡学的検索結果より,人で報告されているフィブリノーゲン封入体(Fibrinogen inclusions)の特徴像と一致していた.似たような封入体を特徴とする疾患として,牛ではラフォーラ病の報告があるが,ラフォーラ病で認められるポリグルコサン小体はHE染色で好塩基性から両染性を呈し,PAS陽性であることから今回の封入体とは識別できる.フィブリノーゲン封入体は,HE染色で円形から馬蹄形に弱好酸性スリガラス様に一様に染まり,PAS陰性,免疫組織化学的にフィブリノーゲンに陽性を示す.電子顕微鏡学的には封入体は拡張した粗面小胞体内に蓄積した電子密度の低い顆粒状物として認められる.この封入体は肝細胞で合成分泌されたフィブリノーゲンが粗面小胞体に蓄積することによって起こると考えられている.今回,ホルスタイン種子牛において認められたスリガラス状封入体も肝細胞で合成,分泌されたフィブリノーゲンが何らかの機能障害によって細胞質内に蓄積したために起こったのではないかと考えられた.(山田学)
[参考文献]Vaquez, J. J. Histology and Histopathology 5: 379-386(1990).