[動物]イヌ,ゴールデン・レトリーバー,雄,11歳.
[臨床事項]呼吸促迫と起立不能を主訴に瀕死の状態で来院し,検査の間もなく斃死した.剖検では心膜腔内に多量の血様心膜液の貯留(約 600 ml)がみられ,心タンポナーデの様相を呈していたことから,特発性出血性心膜液貯留(Idiopathic hemorrhagic pericardial effusion)と診断された.後日,病理組織学的検索のために心臓と心膜が当教室に送付された.
[剖検所見]心膜は全域にわたり著しく肥厚し透明感を欠いていた.心膜臓側面は茶褐色〜灰白色・まだら状で,しばしば微小皺襞形成がみられた.心膜を反転して心臓を露出すると,黄褐色・拇指頭大の絨毛状増殖病変が,左心房内側前部と右心房外側前部にそれぞれ一つずつ認められた(図 1).左心房内側前部にみられた病変を提出標本とした.
[組織所見]病変は心外膜と有茎性に連続しており,心膜腔内に向けて乳頭状に増殖していた(図 2).増殖細胞は充実性敷石状(図 3),あるいは単層の立方状細胞が絨毛状突起を打ち張りし,その下層には多数のヘモジデリン含有マクロファージ,毛細血管ならびに好中球が認められた(図 4).ときに明瞭な腺管状配列を示す部位も認められた.増殖細胞は大型の核と好酸性の豊富な細胞質を持ち,分裂像は豊富に観察された.細胞異型性は様々で,多核,異型核など強い異型性を示す細胞も多数認められた(図 5).免疫組織化学的所見では,増殖細胞は cytokeratin,vimentin 共に陽性を示し,PCNA は多くの細胞で陽性を示した.
[診断]乳頭状悪性中皮腫
[考察]本例では中皮細胞の反応性過形成と比較して,細胞異型性が強いこと,間質結合織の増殖を伴うことから腫瘍と判断した.これまでに報告されている犬の心膜中皮腫は,ほとんどが上皮型の悪性中皮腫で,本例の細胞形態も報告例と類似していた.しかし,肉眼的に絨毛状増殖病変を示すものはなく,本例に特徴的と考えられた.また,当教室で IHPE と診断されたレトリーバーにおいて,高率に異型中皮細胞の異常増殖が認められることから,IHPE との関連性や背景に遺伝的素因があるものと推測された.(岡村美和)
[参考文献] 1. Berg, R.J. et al. 1984. J. Am. Vet. Med. Assoc. 185: 988-92.
2. McDonough, S.P. et al. 1992. Vet. Pathol. 29: 256-260.
|