No.838 ネコの肺

マルピー・ライフテック(株)


[動物]ネコ,雑種,去勢雄,9歳.
[臨床事項]2001年4月,症例は元気消失,呼吸速迫にて某動物病院に来院した.外傷はなく,胸部レントゲン検査では右肺後葉にびまん性の陰影像があり(図 1),臨床的には誤嚥性肺炎が疑われた.治療が実施されたにも関わらず症状は改善せず,びまん性の腫瘍性病変を疑い緊急手術するも,術後死亡.剖検は実施されなかったが,死後摘出された肺組織の一部(右肺後葉)が弊社に送付された.
[組織所見]送付された肺には,肉眼的にも組織学的にも明らかな腫瘤形成は認められなかった.肺胞壁は全体に肥厚した像を呈していたが(図 2),顕著な線維性肥厚や炎症細胞浸潤などは認められず,肺胞壁を破壊せずに増殖する異型細胞の存在が認められた(図 3).一部では,それらの異型細胞が血管内に充実性に認められ,脈管内を充満する像が認められた(図 3).増殖する異型細胞は大型の核小体が明瞭な類円形から不整円形の大型の異型核を有し,細胞質は弱好酸性で,細胞境界は不明瞭,多数の核分裂像も認められた(図 4).肺胞内には軽度な出血が認められ,気管支周囲ではリンパ装置の活性化が認められた.免疫染色では,異型細胞はサイトケラチン(AE1/AE3)陰性を示し,第8因子関連抗原陽性(図 5)を示した.電子顕微鏡検索では異型細胞の多くは肺胞壁で肺胞上皮と血管内皮間に存在し,異型細胞間にはデスモゾーム様の構造が認められた.個々の異型細胞の表面には,receptor mediated endocytosis に関与する coated pit が認められた.また血管内にも異型細胞が多数観察されたが,その多くは管腔内面との接着性を失っていた.
[診断]血管肉腫(管内性)
[考察]本例では,レントゲン的には誤嚥性肺炎を疑わせるようなびまん性の肺胞パターンを示したにも関わらず,組織学的には肺胞壁を破壊せず増殖する異型な内皮細胞の腫瘍性増殖が認められた.このような組織像を呈する血管肉腫は過去に報告がなく,極めて珍しい病変であると思われた.腫瘍自体が肺原発であるか,他部位からの転移であるか明らかではないが,臨床的には肺以外に問題となる病変が確認されていないことから,肺原発の可能性が高いと推察された.しかし,剖検が実施されていないため,確定には至らなかった.本症例は,研修会当日実施された投票により,最も美しかった症例第一位を受賞した.(山上哲史)