No.839 ラットの腹腔内腫瘤

残留農薬研究所


[動物]ラット,Fischer系(F344/DuCrj),雌,100週齢.
[臨床事項]本例は,p,p'-DDTの発がん性試験に用いられた投与群の動物で,試験99週時より薬物投与の影響による振戦が認められ,切迫殺された.
[剖検所見]剖検では,35×30×20 mm および 20×10×10 mm の 2 つの褐色腫瘤が,直腸付近の腸間膜脂肪織に癒着して認められた.両腫瘤とも割面は白色充実性で,一部に出血,壊死巣を含んでいた.
[組織所見]腫瘍細胞は,一層の内皮細胞が内張りする不規則な鹿の角状(Stag horn)の血管腔を中心として,シート状に充実性増殖を示し(図 1),一部では,類円形の血管腔を中心とした同心円状配列もみられた(図 2).腫瘤辺縁では,周囲脂肪織への浸潤が認められた.腫瘍細胞は,円形から楕円形の核と空胞状あるいは弱好酸性の細胞質を有し,細胞境界は不明瞭で,分裂像が多数認められた.免疫染色では,腫瘍細胞は vimentin,desmin,α-SMA に陽性,factor VIII-related antigen,S-100 protein,GFAP,lysozyme,chromogranin A に陰性であった.PTAH 染色では,腫瘍細胞内に明らかな筋線維は認められなかった.電子顕微鏡観察では,腫瘍細胞が互いに細胞質を突起状に伸ばし interdigitation を形成する像が認められた(図 3,bar = 2 μm).高倍像では,腫瘍細胞は不完全な基底膜(BM),hemidesmosome(HD)を有し,血管内皮,周皮,平滑筋にみられる pinocytotic vesicles(PV)が腫瘍細胞の細胞膜内側に多数観察された(図 4,bar = 200 nm).また,細胞質内には focal density(FD)も認められた.
[診断]悪性血管周皮腫
[考察]以上の結果から,本症例はヒトでみられる悪性血管周皮腫と類上皮平滑筋肉腫に類似していたが,紡錘型の腫瘍細胞の束状の増殖がみられないこと,加えて電顕による細胞形態において interdigitation を示していることから,悪性血管周皮腫と診断した.ラットにおいて血管周皮腫は,極めて珍しく,本例は貴重な症例であると考えられた.(高橋尚史)
[参考文献]
1. Mazzei, M. et al. 2002. Vet. Dermatol. 13:15-21.