No.844 サルの腎臓腫瘤

岐阜大学


[動物]アカゲザル,推定20歳,雄.
[臨床事項]サル放飼場にて飼育中,削痩に気づき捕獲して診察.同個体は著しく衰弱,腹部には腫瘤が触知された.1週間後,開腹し腫瘤状左腎臓の外科的摘出を試みるも,状態が悪化し死亡した.死亡時の体重は7.4 kg.
[肉眼所見]摘出した左腎は腫瘤状で表面は凹凸に富む.大きさは 6.2×8×6.5 cm,重量 355 g.割面では,乳頭部を含む髄質を中心に,小葉状黄白色腫瘤が認められた.腎実質の約 80 %は腫瘤により置換され,皮質は辺縁に圧迫されて僅かに残存していた(図 1).腫瘤内には,クリーム様液体を容れた大小の嚢胞,残存する実質には透明液体を容れた嚢胞が散見された.右腎は,重さ 58 g,腎盂に多量の尿を容れて著しく拡張,皮質は高度な菲薄化を示した(水腎症).肺では,全葉で1 〜 4 cm 大の黄白色腫瘤 6 個が認められた.
[組織所見]腎臓腫瘤では,卵円形から多角形の核と弱好酸性の豊富な細胞質を有する腫瘍細胞が,分葉状の細胞巣を形成しつつ,髄質から皮質にかけて広範囲な浸潤増殖を示した.細胞巣はそれぞれ少量のリンパ球浸潤を伴った豊富な結合組織により区画されていた.大型の細胞巣では,中心部は壊死に陥り,化膿を形成,しばしば石灰化巣も認められた.腫瘍細胞は,高異型性を示し,核仁は明瞭で大小不同を示し,しばしば大型核を示す細胞も認められた(図 2).免疫組織化学的には,腫瘍細胞はビメンチンに陽性(図 3),サイトケラチンに陰性であった.集合管のマーカーとされるレクチンUEM-1には,腫瘍細胞は陽性を示した(図 4).
[診断]腎癌
[考察]本腎臓腫瘍は,形態学的特徴から,尿細管上皮由来の腎癌と診断した.他の上皮系腫瘍と異なり,腎癌の場合,しばしば間葉系マーカーであるビメンチンが陽性を示し,上皮系マーカーのケラチンが陰性を示すとされている.人の腎癌では,通常の近位尿細管由来の腎癌に加えて,集合管由来の腎癌,ベリニ管癌あるいは集合管癌が提唱されている(1).ベリニ管癌の特徴としては,一般に腫瘍細胞は好酸性の細胞質と異型核を有し,しばしば乳頭状に配列,生物学的にも高悪性を示すとされている.集合管由来を証明するには,レクチン染色のUEM-1が有効とされている(2).本症例は形態像,レクチン反応から集合管由来が強く疑われるが,サルの腎腫瘍分類は未だ確立されていない現時点では,広義の腎尿細管上皮由来の癌,「腎癌」と診断するのが妥当であると考える.サルでは腎腫瘍の報告は極めて稀であるので,貴重な症例である.(柳井徳磨)
[参考文献]
1. Fleming S, Lewi HJ: Collecting duct carcinoma of the kidney. Histopathol. 10: 1131-1141,1986
2. Rumpelt HJ, Storkel S, Moll R, Scharfe T, Thoenes W. : Bellini duct carcinoma: further evidence for this rare variant of renal cell carcinoma. 18: 115-122, 1991