No.845 イヌの膀胱腫瘤

山口大学


[動物]イヌ,ビーグル,避妊雌,12 歳 2 ヶ月齢.
[臨床事項]本症例は,目立った症状はなかったが飼い主により腹腔内に腫瘤が触知され,平成 14 年 4 月 23 日に某動物病院に来院し,同日摘出手術を受けた.腫瘤は膀胱から尿道の漿膜面に位置し,背側腹膜に重度に癒着しており,膀胱の一部とともに摘出され当教室に搬入.その後元気低下,嘔吐,血尿を示し,利尿剤,輸液,抗生物質等の治療によっても改善せず,4 月 27 日,予後不良と判断され 18 時にネンブタールにて安楽死,19 時剖検.
[肉眼所見]摘出腫瘤は径 8×8×13 cm 程で表面,割面共に赤褐色と暗赤色の混斑,割面は大小不同不整形の腔から成る海綿状で,血液を多量に容れていた.膀胱の一部が腹側腹膜,結腸及び大網に癒着していた.膀胱内腔には雀卵大の暗赤色凝血塊を容れていた.漿膜面,粘膜面共に暗赤色の混斑で粗造であった.尿管は左右共径 0.5 cm 程に拡張しており,尿管口が狭窄していた.また、両側副腎,脾臓,肝臓,肺,大網に小豆大から大豆大の暗赤色腫瘤が認められた.
[組織所見]提出標本の中拡大像では,大部分が腔内に多量の血液を容れた海綿状構造で,これらを内張りした血管内皮の大部分は成熟した内皮細胞から成り,血管腫様の良性病変を示していた(図 1).しかし一部では内皮細胞の異型度や多形度が増し(図 2,黄矢印),これらの細胞の腔内への脱落や中等度の数の有糸分裂像(図 2,白矢印)もみられ,悪性の像を示していた.また所によっては洞様から乳頭状,カポジ様腫瘍様,スリット状,毛細血管状等様々な構造が見られた(図 3〜5).多様性があるものの,同様の変化が両側副腎,脾臓,肝臓,肺にも見られた.また大網等の血管腔内には異型性の強い腫瘍細胞(第8因子関連抗原陽性)塞栓がみられた.提出標本のその他の所見として,好酸球,リンパ球,形質細胞の浸潤や強い結合組織の増殖と血栓を形成する海綿状血管腫様構造部の広範な壊死がみられた.
[診断]犬の膀胱における血管肉腫
[考察]本例は1)成熟した血管内皮細胞と共に悪性化した血管内皮細胞から構成された部分があり,2)その組織構造が多彩であった点で通常の典型的な血管肉腫と異なっていた.また本腫瘍の発生様式は,3)先行病変の可能性(血管腫症,血管腫,またはヒトでいう血管内皮腫など)と4)最も大きかった膀胱部からの全身転移,あるいは全身性の多発,またはそれらの両者の混在などが考えられた.(長谷川恵子,林 俊春)