[動物]ウシ,ホルスタイン種,雌,2000年4月13日生.
[臨床事項]2002年5月19日,右後乳区に血様色腫脹が観られてことから上診された(T:39.5, P:120, R36,WBC: 16100, TP:5.8, PLT: 6.5×104/μl,artery blood pH:7.53, PCO2: 38.2, PO2: 103, HCO3-: 31, BE: 9, O2SAT: 98%).右後乳区は著しく硬結し,冷感を伴っていた.膣部は腫脹し白色膿汁の排出が確認された.翌5月20日,眼結膜は充盈し,努力性呼吸,皮温低下が顕著となり起立不能状態に陥った.予後不良と診断され,病理解剖の依頼があり,同日に安楽殺された.罹患乳房の細菌培養で Staphylococcus aureus が分離された.
[剖検所見]1. 安楽殺(体重430 kg),2. 右後乳区における甚急性び漫性壊死性乳房炎(図 1)および左前乳区軽度乳房炎,3. 子宮退縮不全と会陰部付近腟粘膜の損傷を伴う急性カタール性化膿性子宮内膜炎,4. 右円靭帯の断裂,5. 両側大腿部から乳房にかけての皮下水腫,6. 肝臓の混濁ならびに腫大,7. 第一胃絨毛の萎縮
[組織所見]罹患乳房は全壊死に陥り固有構造を消失,好塩基性にそまる小型の球菌塊が多発していた(図 2).菌塊の周囲にはこれを取り囲むように多数の好中球とマクロファージが浸潤していたが,すでにこれら炎症浸潤細胞のほとんどは壊死に陥って核が濃染するとともに,細胞浸潤部位が強好酸性に染まり,いわゆるパッチを形成していた(図 3).一部の動静脈血管内には線維素性血栓があり,その周囲で出血していた.グラム染色で球菌は陽性に染まるとともに,抗 S. aures 特異抗体で陽性に染まった.
[診断]Staphylococcus aureus 感染によるホルスタイン乳用牛の急性乳腺壊死
[考察]臨床所見,血液所見,肉眼ならびに病理組織学的,免疫組織化学的所見は典型的なS. aures 感染による甚急性壊死性乳房炎と一致する.臨床ならびに血液所見は腸内細菌性壊死性乳房炎と異なり,また病理解剖においても血栓形成を伴った多臓器不全はなかった.乳腺の壊死に陥る原因は,腸内細菌性乳房炎がエンドトキシンショックによる細菌トランスロケーションが発端となったサイトカインカスケードの異常によるものとは異なり, S. aureus による甚急性壊死性乳房炎は S. aureus から産生されるα溶血毒の直接作用と解されている.(岡田洋之)
[参考文献] 1. Kennedy, P.C. and Miller, R.B. The Female Genital System. pp.349-470. In: Pathology of Domestic Animals, 4th ed. (Jubb, K.V.F., Kennedy, P.C., and Palmer, N. eds.), Academic Press, NY.
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