No.847 イヌの乳腺腫瘤

麻布大学


[動物]イヌ,トイプードル,雌,17 歳.
[臨床事項]1ヶ月程前に右側第三乳腺区の腫瘍に気付き,来院の 2 〜 3 日前から急に腫瘍が増大し,摘出手術を行った(提出標本作製).術後 34 日目に鼡径部に再発を疑う小豆大腫瘤が生じ,数日でゴルフボール大になったが,組織検査は実施出来ず,術後 47 日で斃死したことを後で知らされた.
[肉眼所見]右第三乳腺を中心とする腫瘍が第四乳腺乳頭部まで広がり(8.5 x 8.8 x 7 cm),正中線を越えて左側第三乳頭部付近にまで波及していた.表面皮膚は著しく伸展し,複数の潰瘍が生じていた.腫瘍は筋肉と癒着しており,娘結節も存在した.割面は白色で膨隆し,分葉状で,赤色の大型塊状壊死部も認められた.
[組織所見]細い腺管を囲繞して異型度の高い紡錘形細胞が著しく増殖していた(図 1).紡錘形腫瘍細胞の密度は高く,肉腫様の部分も少なくなかった.腺管上皮にも分裂像が見られたが,周囲には筋上皮と基底膜が明らかで,二相性を保ち,悪性所見は無かった.管周囲性に増殖する紡錘形腫瘍細胞は,腺管との連絡は無く,筋上皮から紡錘形腫瘍細胞への移行も認められなかった.紡錘形腫瘍細胞のみが肉腫性に増殖している部分もあった(図 2).腫瘍細胞は紡錘形のものが主体で,多角形,星形のものもあり,細胞質は豊富で,弱好塩基性のものが多く,vimentin 陽性,α-smooth muscle actin 陰性で,細胞間に膠原線維が存在した.核は類円形〜楕円形,核仁は大型で複数あり,分裂像は乾燥系高倍率視野で平均 5 個を数えた.筋肉との癒着部では,腫瘍細胞が筋膜や筋肉内へ浸潤していた.娘結節は紡錘形腫瘍細胞のみで構成されていた.
[診断]間質の悪性化(線維肉腫)を伴った線維腺腫
[考察]紡錘形腫瘍細胞は管周囲性に増殖しており,筋上皮から紡錘形腫瘍細胞への移行が無く,細胞間に膠原線維が存在し,腺管とは無関係な肉腫性増殖もみられ,線維腺腫の間質成分が悪性化したものと考えた.腺管上皮にも増殖活性があったが二相性を保ち,明らかな悪性所見が無く,癌肉腫を否定した.このような組織像の犬の乳腺腫瘍は,非常に珍しいと思われた.再発を疑う腫瘤は,組織検査が出来ず,剖検も許されなかった.「乳腺上皮成分の増殖を伴う線維肉腫」あるいは「線維腺腫を伴う線維肉腫」との異議もあったが,線維腺腫が主たる病変であると考えたい.(橋浦進一郎)