No.848 ウシの大脳

(財)日本生物科学研究所


[動物]ウシ,ホルスタイン種,雄,約 4 ヶ月齢.
[臨床事項]本例は埼玉県のある農場より実験用として導入された牛の 1 頭で,対照群として用いられ計画殺された.試験期間中,他の牛に比較してよく転倒することが観察された.
[剖検所見]右側大脳半球は左側に比較して矮小化し,同部軟膜は前頭葉から後頭葉の正中面および外側面にて混濁・肥厚してた.大脳前額断では右側軟膜の充血が顕著で,大脳灰白質は層状に菲薄化もしくは消失して,小空洞の形成が認められた(図 1).左側大脳および小脳には肉眼的に異常は認められなかった.
[組織所見]右側大脳では皮質表層の1〜数層を残して中層から深層が空洞化し(図 2),一部は白質にも及んでいた.空洞化した大脳皮質は高度に変形し,それは脳溝部皮質に強い傾向があった.空洞周囲や空洞に連続して軟化巣が存在し(図 3),脂肪顆粒細胞の浸潤と微小血管の新生がみられた. 白質の血管周囲にはリンパ球,形質細胞,好酸球が浸潤し,血管内皮細胞は軽度に腫大していた(図 4).囲管性細胞浸潤の多くはリンパ球・形質細胞を主体としたが,好酸球浸潤が優勢な血管も散在した.また白質には肥大星状膠細胞が散在性〜瀰漫性に増生していた.側脳室周囲白質には水腫性に粗鬆化した病巣がみられた. 左側大脳皮質および髄質にも同質の病変が認められたが,その程度は軽微であった.
[診断]牛の大脳にみられた囲管性細胞浸潤と非対称性嚢胞期層状壊死
[考察]ウイルス感染の関与を疑い,アイノウイルス,アカバネウイルス,チュザンウイルス,BVD ウイルス,イバラキウイルス抗原の検出と血清中和抗体価の測定を試みたが,否定された.また大脳皮質の壊死が強いことから,ビタミンB1と鉛の測定を実施したが,正常レベルであった. 本例の右側大脳の壊死は前および中大脳動脈の支配領域と一致することより,右側のこれら大脳動脈もしくは右頚動脈における血流障害が推測された.層状壊死が陳旧化していたことより障害は 4 ヶ月程前の周産期に発生した可能性が推測されたが,その原因については特定困難であった. 髄質に主座する囲管性細胞浸潤に好酸球がみられたことより,寄生虫の感染も疑われたが,その種類を明らかにすることはできなかった.(平井卓哉)