No.851 イヌの脊髄

北海道大学


[動物]イヌ,ミニチュアダックス,雌,5 歳.
[臨床事項]本例は進行性の四肢麻痺をあらわし神経学的検査および CT 検査により頚髄の膨化が確認されていた.発症から約 4 ヶ月後に死亡した.
[肉眼所見]病巣は脊髄 C2-3 の背角から左右背索に主座した径 1 cm の暗赤色一部灰白色充実性腫瘤で,脊髄中心管を右斜め腹方に圧排していた (図 1).髄膜の血管走行に特に異常は認められなかった.径 4 mm の同質の病巣が C6 にも形成されていた.
[組織所見]腫瘤の境界は明瞭で隣接する実質を軽度に圧排していた.腫瘤は主に血管と星状膠細胞の増殖からなっていた (図 2).血管成分は毛細血管または細静脈様で,これらの血管内皮細胞の核は腫大していたが,異型性は見られなかった.血管周囲にはときおりリンパ球と形質細胞が軽度に浸潤していた.間質には星状膠細胞がび漫性に増殖し,腫瘤中央部では星状膠細胞の増殖が優勢となって硬化し,血管成分は不明瞭となっていた (図 3).これらグリアには不整大型核や核への細胞質陥入といった核異型がしばしば認められたが,単独の塊状増殖はなく細胞分裂像はまれにしか見られなかった.また,腫瘤の全域にわたって間質には腫大した軸索が散在していた.マッソントリクローム染色およびと銀標本で血管周囲の膠原線維の増生と間質内の細網線維の存在が確認された.硬化部にもこれら線維が混在していた.免疫染色では血管内皮細胞が第 VIII 因子関連抗原陽性,星状膠細胞が GFAP 陽性,腫大した軸索と間質を構成する一部の線維がニューロフィラメント陽性を示した (図 4).C6 の病巣の組織所見も概ね同様であった.
[診断]脊髄の血管過誤腫.
[考察]イヌの脊髄に発生した血管腫または血管過誤腫の報告は少ない.本例の HE 染色像は Cordy が記載した脊髄の血管腫 2 例の変化に類似していた.このうち 1 例の病巣は本例と同様に多発していた.しかし,この報告では間質成分について言及されていない.また,血管腫を腫瘍と解釈していることが現行の分類に当てはまらないと思われた.最近,イヌの大脳の血管過誤腫 5 例が報告された.その診断の主な根拠は間質にあたる血管間の星状膠細胞と軸索の存在であった.これらの知見を参考にして本例の最終診断はイヌの頚髄に見られた多発性血管過誤腫とした.(落合謙爾)
[参考文献]
1. Cordy, D.R. 1979. Vet. Pathol. 16: 275-282.
2. Smith, S.H. and Van Winkle, T. 2001. Vet. Pathol. 38: 108-112.