No.852 イヌの小脳部腫瘤

日本大学


[動物]イヌ,ビーグル,雌,推定 10 歳.
[臨床事項]本症例は学内にて飼育されている実験犬の 1 頭で,2001 年 9 月頃,以前より認められた左斜頚が顕著になり,翌月には眼振,歩行時のふらつき,元気消失を呈しはじめた.2002 年 2 月,突然の嘔吐そして意識消失,硬直,肛門弛緩,体温低下,徐脈に陥った.MRI 検査において小脳左側部に腫瘤を確認.ステロイド投与による対症療法を行い一旦は安定したが,状態は徐々に悪化.翌月には食欲低下,自力摂食不能,自己体温調節不可能に陥った為,安楽死に供せられた.
[肉眼所見]小脳左側部に 2 × 2 × 2.5 cmで灰色から褐色調の腫瘤を認めた.表面は凹凸不整,結節状に隆起し,正常の脳溝は消失していた.ホルマリン固定後の割面にて小脳実質と境界明瞭な,膨脹性に発達する腫瘤を確認(図 1;矢頭).他臓器への転移は認められなかった.
[組織所見]腫瘍塊はシート状あるいは胞巣状に増殖する大型の腫瘍細胞よりなり,線維の増生そして血管の新生が顕著であった.小脳実質に胞巣状に浸潤する像が認められた.小壊死巣および石灰化が散在.不完全な渦巻きあるいは whorl 形成を示す部位(図 2)や血管腫様増殖の部位が一部に認められた.鍍銀染色において細胞間に細網線維は認めらず,数個の細胞を取り囲む像が見られた.腫瘍細胞の境界は不鮮明で合胞状を呈し,細胞の N/C 比は高く,異型に富んでいた.明瞭な核小体を含み,核分裂像は高倍率で 1〜2 個程度であった.免疫染色では vimentin のみ陽性,GFAP,S-100,NSE および neurofilament protein では陰性であった.電顕像では細胞内小器官また中間径フィラメントに乏しく,また細胞質をのばし細胞同士が入り組む様に接合する部分にデスモソーム(挿入図;矢頭)が認められた(図 3).
[診断]退形成髄膜腫(Anaplastic meningioma)
[考察]ヒトにおいて,この腫瘍は Grade III の非常に悪性度の高い腫瘍に分類され,増殖能が高く,核分裂像 20 個以上,壊死巣が広範囲におよぶものと記載されている.今回の症例はイヌにおける Schulman et al(1992)が発表した症例に形態学的に類似(low mitotic index and rich fibrovascular stroma)しているが,遠隔転移はなかった.(渋谷 久)
[参考文献]
1. WHO Histological classification of tumors of the nervous system of domestic animals. 1999. 27-29.
2. Schulman et al. 1992. Vet. Pathol. 29: 196-202.