No.854 ウマの脊髄

JRA総研


[動物]ウマ、サラブレッド、雄、3 歳.
[臨床事項]1998 年 1 月米国産.2000 年 4 月日本へ輸入.2001 年 7 月に後躯蹌踉を主徴とする運動失調を発症.症状は急激に悪化し、発症 5 日後に起立不能.安楽死後、病理解剖.体温は38.0〜38.4 ℃.赤血球数は806〜858 x104/mm3、白血球数は4600〜5800/mm3.血清生化学的には A/G 比(3.65)、コリンエステラーゼ(13194 U/l)およびフィブリノーゲン(363.2 mg/dl)の上昇が見られた.
[剖検所見]第 4〜5 頚髄の右腹角白質付近に点状出血を伴ったやや膨隆性の暗灰色病巣が認められた(図 1).
[組織所見]第 5 頚髄の白質には、リンパ球、マクロファージ、形質細胞、一部で巨細胞などの瀰漫性ないし血管周囲性の浸潤と脱髄(図 2)が、また腹正中裂には髄膜炎が観察された.これら領域には、1 〜 2 μmで球状〜紡錘形の弱好塩基性小体の集合した構造物がしばしば観察された(図 3A).まれに三日月状の虫体様物がロゼットを形成している如き像も認められた(図 3B).これらは原虫のシゾントあるいはメロゾイトが最も疑われたが、ネオスポーラやトキソプラズマとは大きさ・形が若干異なっていた.これらは PAS 反応とギムザ染色で軽度な染色性を呈したが、グロッコト、ワルチンスターリ、グラム染色には陰性であった.また大脳や小脳にも軽度な囲管性細胞浸潤や限局性の非化膿性細胞浸潤および髄膜炎が認められた.免疫組織化学的には、シゾント様構造物は抗 Sarcocystis neurona血清に強陽性(図 4)、抗トキソプラズマ血清および抗ネオスポーラ血清に陰性であった.またウエスタンブロット法では、脊髄液および血清中に Sarcocystis neurona 抗体の存在が確認された.
[診断]Sarcocystis neurona による馬原虫性脊髄脳炎
[考察]本病は1970 年に Rooney らが報告した症例が最初とされ、当初はトキソプラズマが疑われていたが、1991 年に病変部から Sarcocystis neurona が分離された.この原虫の生活環は完全には解明されていないが、アメリカ大陸固有の有袋類であるオポッサムが終宿主と考えられている.馬はオポッサムの糞便中に排泄されたスポロシストに汚染された飼料を摂取することにより感染し、何らかの機序で中枢神経系に侵入した原虫が脊髄脳炎を引き起こす.わが国で初発の本例は米国からの輸入後、1 年 3 カ月で発症した.近年、競走馬の輸出入は増加していることから、Sarcocystis neurona による馬原虫性脊髄脳炎の発生に注意を払う必要がある.(片山芳也)