[動物]犬,シベリアンハスキー,雄,6 歳.
[臨床事項]後肢のふらつきを示し,排便,排尿時に鳴くとのことで,来院.両後肢筋肉は軽度に萎縮し,X 線検査により腹大動脈の硬化が観察された.血液検査の結果,コレステロール,トリグリセリド,アルカリフォスファターゼ,クレアチンキナーゼの上昇と,甲状腺ホルモン (T3,T4,free T4) の低下を認めた.第 10 病日よりレボチロキシン投与を開始したが,その 2 日後から後肢は完全に麻痺.両後肢肢端の皮膚に壊死が認められるようになり,壊死は下腿全域に拡大.さらに右前肢肢端と尾の皮膚にも壊死が出現し,予後不良と判断され,第 29 病日に安楽殺された.
[剖検所見]冠状動脈壁は石灰沈着を伴い重度に肥厚および硬化し,内腔は著しく狭窄していた.大動脈起始部内膜には最大 3×1 cm 面大に至る黄白色隆起が散在していた.その他剖検所見として,1.石灰沈着および内腔の著しい狭窄を伴う全身性動脈硬化症,2.内腸骨動脈起始部,両側大腿動脈〜膝下動脈近位,右浅上腕動脈における血栓症,3.脳下垂体および甲状腺の萎縮,4.両側下腿,尾,および右前肢肢端の乾性壊疽,が認められた.
[組織所見]冠状動脈とその分枝において,壁内にコレステリン沈着および泡沫細胞浸潤が認められ,粥腫が形成されていた (写真 1).粥腫は概ね内膜に局在し,線維性結合組織の増殖を伴う重度の内膜肥厚が観察された (写真 2,エラスチカワンギーソン (EVG) 染色,矢印は内弾性板を示す).また中膜平滑筋層はしばしば消失し,内弾性板外側の結合組織 (外膜) には脂質の沈着と石灰化が認められた.大動脈起始部では肥厚した内膜に泡沫細胞が浸潤し,中膜では弾性線維の断裂,離開がみられ,平滑筋細胞の泡沫化と細胞外への脂質沈着が生じていた (写真 3,HE 染色;写真 4,EVG 染色).
[診断]甲状腺機能低下症の犬にみられた粥状硬化症
[考察]病変の分布ならびに病理発生に関し討議が行われた.全身検索の結果,小動脈,細動脈を含む全身の動脈で泡沫細胞浸潤を伴う内膜の肥厚が認められたが,病変は大型の筋型動脈においてより重度な傾向を示した.また,甲状腺実質の著しい萎縮,ならびに下垂体前葉における腺細胞の変性,壊死,脱落が観察されたが,下垂体病変の成立機序およびその甲状腺病変との関連性は不明瞭であった.(木村享史)
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