No.860 イヌの心臓

東京農工大学


[動物]イヌ,ダルメシアン,雄,6 歳.
[臨床事項]失神発作を主訴に来院し,X 線検査により心陰影の拡大がみられ,心エコー検査により左右両心室壁および心室中隔の肥厚,左心室腔の中等度縮小,右心室腔の軽度拡張が認められた.また,右心室壁ならびに心室中隔右心室面のエコーレベル (輝度) は増大していた.心電図検査では失神発作発現時に心室性頻拍が,非発作時には多発性の心室性期外収縮が認められた.上記の臨床所見より肥大型心筋症と仮診断され,抗不整脈薬および血管拡張薬の投与により経過観察していたところ,初診より 3 ヶ月後に突然死した.
[剖検所見]剖検では腹水貯留(980 mL),慢性肝うっ血ならびに急性肺うっ血が認められた.心臓の肉眼所見は X 線および心エコー検査所見と一致していたが,心筋の褪色・混濁が顕著であった.本所見は右心室壁の内層および外層,心室中隔右心室面ならびに左心室壁外層において特に重度であった(図 1).
[組織所見]心筋細胞の肥大を伴う心筋の錯綜配列/叢状線維化ならびに心筋の線維脂肪性置換が観察された.前者は左心室壁および心室中隔に主座していた(図 2).後者は左心室壁外層,心室中隔右心室面ならびに右心室壁全層に観察され(図 3),心筋細胞の大小不同化,細胞質内への脂肪滴の沈着を伴っていた.また,大型の脂肪滴を有する心筋細胞は偏在核を有し,脂肪細胞類似の形態を呈していた(図 4).
[診断]心筋の線維脂肪性置換を伴う肥大型心筋症(不整脈源性心筋症)
[考察]本例の組織学的検索では,心筋細胞の肥大と心筋錯綜配列/叢状線維化ならびに心筋の線維脂肪性置換が観察された.出題者はこれらの組織所見のうち,心筋の線維脂肪性置換を重視し,特異的な心電図所見でもある左脚ブロック型心室性頻拍とあわせて不整脈源性心筋症との診断を下した.しかしながら,研修会では「不整脈源性心筋症」は臨床診断名であり組織診断名ではないとの指摘があり,心筋錯綜配列/叢状線維化に代表される肥大型心筋症の所見が特に優位であったとする意見も出されたことから,最終的に上記診断名を付すに至った.(鈴木健志)