No.871 リスザルの肝臓と脾臓

麻布大学


[動物]コモンリスザル(Saimiri sciureus),雌,約 2 歳.
[臨床事項]某施設で散発的にリスザルが斃死し,その数はコロニーの約 20 %に達した.5 頭目が斃死した時点で,エルシニア症を疑い,全頭に抗生物質を 経口投与するとともにリスザル舎の清掃,消毒を実施した.しかし,その後も 3 頭のサルが斃死した.配布標本は 3 頭目に斃死したサルより作成した.このサルには斃死前日にアモキシシリンとプレドニゾロンが筋注されていた.
[剖検所見]血腹症,散在性の針頭大白色結節と点状出血を伴う肝臓の腫大と高度褪色,顕著な脾腫と淡赤色斑状病変の多発,腎臓の多発性針頭大出血と白色結節形成,腸間膜リンパ節の水腫性腫大とパイエル板の軽度腫大,心嚢水腫,肺水腫,肺出血および右大脳半球を中心とするクモ膜下出血が認められた.なお,7 頭目に死亡したサルからYersinia pseudotuberculosis(以下 Y.p) 1b が分離され,生き残った同居サルにエルシニアに対する抗体の上昇が認められた.
[組織所見]肝臓および脾臓の所見は,ほぼ同様であった.中央に好塩基性顆粒状に見える病原体を配する壊死巣が多発し,炎症細胞反応は概して軽度であった.病原体集塊の中心部は微細顆粒状,辺縁部分では1〜4μm 程度の球形を呈する小体(球状体)が目立ち,球状体の周囲には明帯あるいは裂隙が観察された(図 1).これらの病原体はグラム染色陰性で,ギムザ染色で青紫色を呈し, PAS 反応で集塊の一部が,顆粒状に強陽性となったが,球状体(矢印)は陰性であった(図 2).抗 Yp 抗体を用いた免疫染色では全ての病原体が強陽性となった(図 3,矢印は球状体) .超微形態学的に,球状体は膜構造を有し,内部には電子密度の低〜高の顆粒が散在するのみで特定の構造物はなかった.球状体に混ざって,グラム陰性菌の特徴を有する桿菌が観察され(矢印),両者に移行像が見られた(図 4) .
[診断]病理組織診断名:多様な形態を示す Y. pseudotuberculosis がみられた壊死性肝炎と脾炎.病名:Y. pseudotuberculosis 感染症
[考察]本例に認められた多様な形態を示す病原体は,免疫染色と超微形態から Y.p と同定された.この Y.p の形態的変化は前日のアモキシシリン投与により生じたものと考えられた.アモキシシリンは,細菌の細胞壁の合成を阻害するβラクタム系抗生物質で,細菌に作用すると,フィラメント化,細胞壁の障害による菌体の球形化すなわちスフェロプラスト形成や溶菌などを起こすとされ,本例の所見はそれと一致した.菌塊が PAS 反応陽性となったが,この抗生物質が細胞壁のペプチドグリカンの架橋を阻害すること,グラム陰性菌が外膜にリポ多糖体を有することなどと関連している可能性がある.(宇根有美)