No.872 イヌの腎臓

岩手大学


[動物]イヌ,ラブラドールレトリバー種,雄,1カ月齢.
[臨床事項]ブリーダーのもとで産まれ飼育されていた子犬が突然死した.臨床症状は特に認められず,それ以前に同腹の3匹も突然死していた.このブリーダーでは過去にこのような経験はなかった.動物病院にて剖検後,主要臓器のホルマリン固定材料が当研究室に送付された.
[剖検所見]腎臓は左右共にほぼ同じ大きさで,左側は2.5×1.6×1.2cmであった.腎臓は高度に退色し,多発性の点状出血が認められ,表面はわずかに不整であった.割面では点状出血は皮質にのみ認められた.その他,肝臓の退色,肝臓および消化管における点状出血,肺のうっ血が認められた.
[組織所見]被膜直下において帯状の好塩基性領域が認められた(写真1).好塩基性領域では,不整形の管腔構造が多数認められ,それらは未熟な糸球体構造あるいは未熟な尿細管構造であった.構成細胞はクロマチンの濃い核を持ち,わずかな細胞質を有する幼弱な細胞であった.主に皮質外層において多発性出血および壊死が認められ,その周囲の未熟尿細管上皮細胞において好酸性核内封入体が認められた(写真2).電子顕微鏡を用いた検索により,細胞質内に直径80nmのコアを持ちエンベロープを有する直径180nmのウイルス粒子が認められ,その形状よりウイルスはヘルペスウイルスと同定された(写真3).その他,肝臓および心臓におけるまれに好酸性核内封入体を伴う多発性巣状壊死,消化管絨毛の粘膜固有層における多発性出血,うっ血性肺水腫が認められた.
[診断]多発性壊死およびヘルペスウイルス感染を伴う幼齢犬の腎臓における胎児性遺残組織
[考察]皮質被膜直下に認められた未熟な組織は,その形態から糸球体あるいは尿細管への分化・発達を示す胎児性組織が遺残したものと思われた.正常でも胎生期組織が1カ月齢以内の犬の腎臓に残存している症例について報告はされているが,今回のように広範かつ大量に残存している報告はなく稀な症例と思われた.胎児性組織の遺残の原因としてヘルペスウイルス感染が関与しているかどうかは明らかに出来なかったが,胎生期のウイルス感染では腎異形成を引き起こすとの報告があることから,胎児期の臓器形成期以後(出生直前)あるいは出生後に感染したものではないかと推察された.(御領政信)