[動物]イヌ,雑種,雄,19 歳 6 ヵ月,体重 10 kg.
[臨床事項]1 年前に右前肢手根関節あたりの腫れに気づく.腫れが徐々に大きくなり歩行が困難となったことから本学家畜病院に来院する.X 線検査により右前肢の前腕遠位端から手根のあたりに腫瘤が存在していた(写真 1).激しい疼痛を示すため右前肢の断脚術を行った.血液・生化学検査では異常値は観察されていない.
[肉眼所見]断脚された右前肢が生検として依頼された.腫瘤は,右前肢の橈骨・尺骨の遠位端にあり,浅指屈筋と深指屈筋の間に位置し,筋とは分離可能であったが,それら筋から繋がる腱とは分離できなかった.大きさは 6×3×3 cm で白桃色を呈し筋とは色調を異にした(写真 2).
[組織所見]腫瘍組織には既存の腱組織が含包され(写真 3),少数の腫瘍細胞と豊富なコラーゲン線維から成る腱組織と類似した領域があった.腫瘍細胞は,円形から紡錘型でシート状に密に配列(写真 3と4)する特徴があり,稀ではあるが多核巨細胞が散見された.また,多層化した上皮様の構造を示す腫瘍細胞により内張りされたスリット構造が時に観察された(写真 4).これは滑膜上皮を思わせる構造であった.免疫組織化学的には,腫瘍細胞はビメンチン抗体に対し陽性で,ケラチン,リゾチーム,α-平滑筋アクチン,デスミン,S-100 タンパク,ミオグロビン抗体に対しては陰性であった.電顕的には,コラーゲン細線維を産生する線維芽細胞様の腫瘍細胞が認められた.
[診断]腱及び腱鞘の滑膜肉腫
[考察]滑膜に由来する腫瘍は,間葉性と上皮性の双方の特徴を備えた二相型と,滑膜芽細胞と線維芽細胞様の間葉系細胞成分のみから成る単相線維型,そして上皮様細胞成分のみから成る単相上皮型がある.動物では,多くが単相線維型であるとされている.本例はこの型であると考える.滑膜細胞は関節包内腔を被う細胞であることから滑膜肉腫の発生部位は肘や膝などの関節が多い.しかし,滑膜細胞は,関節近くの腱や靱帯にも存在するとされる.犬ではこれまでに 6 例の腱あるいは腱鞘由来の滑膜肉腫の報告がある(Tumors in domestic animals. JE. Moulton, 3rd edition, 1990. 141-143).本例は,前腕遠位端の浅指屈筋と深指屈筋の腱あたりに発生し,組織学的に滑膜上皮様のスリット形成が認められたことから,発生部位を考慮し上記の診断とした.(山手丈至)
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