No.887 ヤギの大脳から頭蓋部腫瘤

日生研


[動物]ヤギ,ザーネン種,雌,6 歳.
[臨床事項]本症例は元気消失し,後肢を上げる動作を繰返す異常行動が認められた.
[剖検所見]右側大脳側頭葉から頭蓋骨にかけて 5.5 × 2.5 × 1.0 cm 大の腫瘤が認められた.腫瘤は灰白色を呈し,大脳および頭蓋骨との境界は不明瞭であった.大脳〜頭蓋部腫瘤の割面にて大小不同の灰白色巣の中にいわゆる硫黄顆粒状物が散在していた(図 1).
[組織所見]頭蓋部〜大脳にかけて多発性巣状に化膿性肉芽腫が認められた.頭蓋部側の腫瘤には既存の骨組織と骨融解像があり,腫瘤と連続する髄膜はリンパ球・形質細胞の浸潤および血管結合織の増生により重度に肥厚していた.化膿性肉芽腫病巣の中央には好中球の集塊がみられ,この中にアステロイド体が多数認められた(図 2).アステロイド体には比較的長い棍棒体が放射状に配列していた(図 3).アステロイド体を含む好中球集簇巣は類上皮細胞と異物巨細胞からなる層で取り囲まれ,その外層にはリンパ球・形質細胞が浸潤していた.大脳に隣接する化膿性肉芽腫病巣は線維組織で被包化されていた.アステロイド体はグラム染色で陽性,チールネルゼン染色で陰性を示した.グロコット染色ではフィラメント状の菌体が多数みられた(図 4).免疫組織化学によるアクチノミセス各種抗血清に対する反応性を検討した結果,Actinomyces naeslundii IIA に対して強陽性を示した(図 5).
[診断]組織診断名:ヤギの頭蓋骨から大脳にみられた A.naeslundii 感染による化膿性肉芽腫 疾患名:放線菌症
[考察]放線菌は口腔内や腸管内の常在菌で,組織障害時に内因性感染を起こすと考えられている.ヒトの放線菌症は主に頭頚部,胸部,腹部放線菌症に分類されている.その中で歯根膿瘍,齲歯,歯科手術,外傷などから放線菌が深部に侵入し,顎,顔面などに病変を形成する頭頚部放線菌症が最も多いと報告されている.中枢神経系の放線菌症は稀で,感染経路としては頭頚部の病巣から直接侵入する場合と,胸部や腹部などの他臓器の感染巣から血行性に侵入する場合がある.本例では病変が右側頭蓋骨と連続し,非対称性に分布していること,胸部や腹部に病変が認められなかったことより,頭頚部の病巣から直接侵入してきたと考えられた.しかし,原発巣については顎骨,頭蓋骨,副鼻腔,中耳,扁桃などを精査していないため明らかにできなかった.本例にみられた病変は典型的な放線菌症の所見と一致するが,動物の中枢神経系における放線菌症は 3 報ほどしかなく,本例は非常に珍しい症例と考えられた.(平井卓哉)