[動物]ウマ,サラブレッド,雌,3 歳.
[臨床事項]装鞍時に突発的に発汗,疝痛様症状を示した後,腰麻痺に発展.血液生化学的異常はなく,微生物学的検査でウマヘルペスウイルス,ウエストナイルウイルス,日本脳炎ウイルスおよび Sarcocystis neurona 感染は陰性であった.
[剖検所見]頚髄から胸髄に至る脊髄腹索の点状出血,および第 4 胸髄の左側背索で長径約 10 mm ,最大横径約 5 mm の透明水様液を入れた空洞を 1 個,右側背索で帽鍼頭大の空洞を数個認めた(図 1).その他,透明脊髄液の増量,大脳回の軽度な腫大があったが,脊髄の狭窄性変化はなかった.
[組織所見]前記の空洞は脊髄中心管との連絡のない孤在性病変で,抗 GFAP 抗体による免疫染色にて膠細胞およびグリア線維による内張構造の存在は否定された.また,大脳から脊髄全域の白質に,左右対称性,瀰漫性に髄鞘の水腫性膨化,軸索に一致する微小空胞化(図 2a),軸索崩壊および spheroid 形成(図 2b 矢印)を特徴とする変性性変化を軽度から中程度に認め,しばしば数個の単核細胞の集塊が髄鞘間あるいは微小空胞内に認められた.灰白質では細胞単位と血管の周囲にハロー形成があり,その中に好塩基性かつ線維素陰性(PTAH)の血漿漏出を認めた.これらの変化は近位胸髄で最も強かった.なお,光顕レベルで脱髄巣はなかった(LFB-PAS).エポン包埋切片では白質にタマネギ状に粗鬆化した髄鞘を散在性に認め(図 3),透過電顕では髄鞘板の分離空胞化(図 4a)および単核細胞のミエリン断片貪食像(図 4b)を確認した.
[診断]胸髄の脊髄空洞症および白質変性
[考察]脊髄空洞症は空洞が中心管と連絡する Hydromyelia と,連絡しない Syringomyelia に分類される.本症では,中心管との連絡がない上に,空洞に裏打ち構造がない点から後天的な Syringomyelia と考えた.白質変性域では,大空洞の存在の他,神経網のハロー形成,髄鞘の粗鬆化など浮腫に起因するとみられる変化が強く,空洞症も浮腫が亢進した結果,形成されたものと推察した.類症鑑別に馬変性性脳脊髄症を考えたが,顕著な浮腫性の変化が存在する点は異なっていた.診断について,白質変性に「軽度な」を強調すべきとの意見があったが,正確な運動能力を求められる馬では,軽度な脊髄病変であっても臨床的には重篤である.さらに,提出標本以外の領域にも中等度以上の変性域を随所に認めたことから上記診断名とした.(桑野睦敏)
[参考文献] 1) Hamir, A. N. Vet. Rec., 137, 293-294 (1995).
2) Mayhew, I. G. J. Am. Vet. Med. Assoc., 170, 195-201 (1977).
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