[動物]イヌ,ヨークシャー・テリア,雄,6 才. [臨床事項]症例は,4 週間以上前から続く歩行困難を主訴に開業獣医病院へ来院.初診時の血液生化学検査,尿検査,および脳脊髄液検査で異常を認めず.X 線検査では,前立腺肥大が確認されるが,その他異常は確認できず.その後,食欲不振,起立不能,沈鬱等の症状が進行し,約 1 ヶ月の経過で死亡.翌日,当教室において剖検. [剖検所見]3 - 6 の椎間板がそれぞれ軽度突出するが,同部脊髄の肉眼的変化は確認できなかった.また,大脳硬膜下広範に重度のび漫性うっ血を認めた.その他,前立腺肥大,両側の房室弁膜肥厚,肺のうっ血・水腫が見られた.ホルマリン固定後の割面観察により,中枢神経系では胸椎〜腰椎部脊髄において,背索〜中心管周囲を中心に出血,変色部を多巣状性ないしび漫性に認めた.また大脳の梨状葉,海馬に透明感のある広範な変色域が観察された(図 1,矢印). [組織所見]組織学的には脳および脊髄全体にわたり,小型で円形,卵円形〜長円形,または桿状を呈する細胞の浸潤・増殖によって特徴付けられる多巣状性またはび漫性病変が認められた(図 2).形態学的には,増殖細胞は細胞質に乏しく,核は小型で卵円形〜長円形または桿状形で,不明瞭な核小体を有しており,反応性小膠細胞の形態を示していた.これらの細胞の増殖巣において,神経細胞等の固有構築は比較的よく保持されており,上記の小型細胞が神経細胞の周囲に集簇して神経食現象様の形態を示す部位(図 3)や,囲管性細胞浸潤様の形態を示す部位もみられた(図 4).レクチンおよび免疫組織化学的手法によって,これらの増殖細胞はレクチン RCA-1,-120,ライソザイムおよび α1 -アンチトリプシンに陽性を示したが,GFAP,MAC387,CD3,CD79a,サイトケラチンおよびミエリン塩基性蛋白には陰性を示した.核分裂像はまれで PCNA 陽性指数は低値であった. [診断]小膠細胞腫症 microgliomatosis [考察]明瞭な腫瘤形成がなく,中枢神経系の構築を比較的保持しながら膠細胞様の小型細胞が増殖する疾患には,大脳膠腫症 gliomatosis cerebri と小膠細胞症 microgliomatosis が知られている.現在の WHO 分類では,大脳膠腫症は膠細胞性腫瘍,小膠細胞症はリンパ・造血器系腫瘍にそれぞれ分類されているが,その病態には類似点が多く,通常の組織学的検索では,この両者を鑑別することは非常に困難と思われる.今回の症例では,中枢神経系広範囲で増殖している小型細胞の多くが,組織学的に rod cell 等の反応性小膠細胞に類似し,星状膠細胞様の形態を示すものが確認されないこと,レクチン組織化学ならびに免疫組織化学的検索により,増殖細胞が複数の組織球系マーカーに陽性を示し,GFAP 等の星状膠細胞系マーカーに陰性であったこと等を考慮し,小膠細胞症と診断した.研修会においては,これらの病態の病理発生について,炎症性増殖か腫瘍性増殖かについても議論が及んだが,現段階では,WHO 分類を尊重し,腫瘍性疾患として分類しておくのが妥当と思われる.
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