No.892 イヌの前肢

東京農工大学


[動物]イヌ,雑種,雄,12 歳 (1991 年 8 月生まれ).
[臨床事項]2001 年 ( 9 歳) から跛行が見られ,2004 年 4 月頃 (11 歳) から左前肢の腫脹がひどくなり,負重できず疼痛が激しいため,同年 7 月に肩関節から左前肢の断脚術を実施した.身体検査時,左前肢は熱感があり,硬さは種々で,肘関節は不動であった. X 線検査では,明らかな腫瘤は観察されず,左前肢肘関節を中心として,上腕骨遠位端および橈骨・尺骨近位端に骨透過性の亢進および骨破壊像が認められた.
[剖検所見]断脚された前肢はび漫性に腫脹していた.肘関節周囲,上腕および前腕深層の筋とその周囲組織は,粘液を多量に含みゼリー状を呈する柔軟な組織で置き換えられ (図 1),骨あるいは腱との分離は困難であった.
[組織所見]筋膜と思われる結合組織間に浸潤するように,小型の腫瘍細胞が多量の粘液状基質を伴って疎に配列していた (図 2).腫瘍細胞は紡錘形〜多形性を示す線維芽細胞様あるいは滑膜細胞様で,核分裂像は比較的頻繁に認められた (図 3).また,円形の泡沫細胞も多数混在していた.病巣内には空隙あるいは管腔様構造が散見され,これらは上皮様に配列する腫瘍細胞で内張りされていた (図 4) .免疫染色では,紡錘形細胞および泡沫細胞のどちらもビメンチン陽性であり,サイトケラチンは一部の紡錘形細胞で陽性を示した.両細胞成分ともリゾチーム陰性であった.泡沫細胞はアルシアンブルー染色陽性を示した.電顕では,線維芽細胞様の腫瘍細胞は発達した疎面小胞体を持ち,その一部が種々の程度に拡張して泡沫細胞への移行像が認められた.
[診断]滑膜肉腫
[考察]滑膜由来の腫瘍は,紡錘形細胞と上皮様細胞のニ相性増殖パターンを示すことが特徴であるが,動物では紡錘形細胞を主体とする単層型が多い.本例で認められた泡沫細胞は,免疫染色の結果より滑膜由来と考えられる.また,上皮様細胞で内張りされた管腔の形成や,一部の腫瘍細胞でサイトケラチン,ビメンチンともに陽性であったことから、間葉系および上皮系の両成分を備えていることが本例の特徴と考え,滑膜肉腫と診断した .(三森国敏)
[参考文献]
1. Loukopoulos, P. et al. 2004. J. Vet. Sci. 5: 173-180.
2. Oyamada, T. et al. 2004. Vet. Pathol. 41: 687-681.