No.905 ウサギの子宮腫瘤

三菱化学安全科学研究所


[動物]ウサギ,雌,7 歳.
[臨床事項]陰部からの出血を主訴に動物病院へ来院.レントゲンにより腹腔内に腫瘤を発見したため,卵巣・子宮全摘出術が行われた.
[固定後肉眼所見]右子宮角に 30×15×15 mm の白色充実性腫瘤が 1 個(今回提出部分),左子宮角に 25×15×10 mm 大の暗赤色充実性腫瘤が 1 個認められた.いずれも子宮内膜から漿膜に至る腫瘤で,周囲組織との境界は不明瞭であった(図 1).
[組織所見]右子宮角腫瘤はその大部分を非上皮性の腫瘍細胞で占められていた(図 2).腫瘍細胞は核が長紡錘形でクロマチンに乏しく、細胞質は好酸性であった.また束状配列が特徴的で,鍍銀染色では個々の細胞を取り囲む,いわゆる箱入り像を示していた.これら腫瘍細胞は異型性に乏しく、核分裂像もまれで浸潤性を示さず,平滑筋腫と判断した.その中に腺管状ないし島状の上皮性腫瘍細胞塊が点在していた(図 3).腫瘍細胞は扁平から立方ないし円柱状の形態を示し,細胞質は弱好塩基性で核は円形から楕円形であった.免疫染色では抗サイトケラチン(MNF116)抗体強陽性(図 3 左下),Anti-αSMA 抗体は陰性であり,腺癌と判断した.既存の子宮内膜には内腔側に突出するように上皮性腫瘍細胞が増殖し(図 4),子宮内膜から筋層に至るまで強い浸潤性を示していた.腫瘍細胞は腺管状ないし島状に増殖し,抗サイトケラチン抗体に強陽性を示した.この所見から,既存の子宮内膜に発生した腫瘍は子宮腺癌と診断した.平滑筋腫内に見られた腺癌はこの子宮腺癌と組織学的にも免疫組織学的にも酷似しており,よって,平滑筋腫内の腺癌も子宮腺癌であると考えた.
[診断]兎の子宮平滑筋腫内への浸潤増殖を示した子宮腺癌
[考察]診断に至った考え方として,1.子宮壁内の平滑筋腫は限局的で異型性に乏しい良性腫瘍である.2.平滑筋腫内に見られた上皮性腫瘍と既存の子宮内膜に見られた上皮性腫瘍は,同一の形態像を示す非常に悪性度の強い子宮腺癌である.3.平滑筋腫と子宮腺癌の移行型を示す腫瘍細胞は認められない.支質細胞 stromal cell にも,軽度の増生性変化は見られるものの腫瘍性変化は見られない.すなわち、本症例は平滑筋腫と子宮腺癌が子宮内に全く別々に発生し、子宮腺癌が平滑筋腫内に浸潤,増殖した形態像と考えた.左子宮角腫瘤は右子宮内膜に見られたものと同様の子宮腺癌であった.他にも肉眼的に捉えられない微小腫瘤が多数確認されており,子宮腺癌は多発性病巣と考えられた.また,本例には支質細胞(stromal cell)の活発な腫瘍性増殖は見られず,その増殖は軽度であった.よって,ミューラー管混合腫瘍,癌肉腫とは明らかに異なる腫瘍と考えられた.本例のように兎の子宮腺癌が子宮壁の平滑筋腫に浸潤,増殖する例は時折経験されるようであるが,その報告は見られない.(黒滝哲郎)