No.910 ウシの大脳

帯広畜産大学


[動物]ウシ,ホルスタイン種,雌,1 ヵ月齢.
[臨床事項]起立不能,眼球振盪および後弓反張を主訴として開業獣医師による診察・加療を受けたが,翌日に予後不良と判断され,病性鑑定のため本教室に搬入された.
[剖検所見]大脳では,表層に米粒大の黄白色結節が散在していた.同割面では,同様の結節が皮質深部および白質にも散在していた.同様の結節性病巣は,他の中枢神経組織(小脳,脳幹,脊髄),肝臓,腎臓,心臓,および肺においても認められた.肝臓表面では,これら結節は黄白色膿汁を含む癒合性病変として観察された.その他の臓器・組織では,出血および白斑〜偽膜形成を伴う第一胃粘膜びらん・潰瘍が観察された以外に著変は認められなかった.
[組織所見]提出標本では多数の膿瘍が散在していた(図 1).膿瘍の中には陰影状の神経細胞を伴う凝固壊死像も認められた(図 2).一部の凝固壊死巣では,好塩基性フィラメント状菌体が認められた(図 3).また,ワルチン・スターリー染色では,凝固壊死巣内に限局して,短桿状〜最大で約 21 μm の長さを示すフィラメント状と多形性を示す多数の菌体を認めた(図 4, bar = 100 μm).同部位においてグラム染色,チール・ネルゼン染色,PAS 染色では陽性所見は得られなかった.膿瘍以外には,血栓・軟化巣・炎症性細胞の浸潤が認められた.以上の所見から,本例の病変は壊死桿菌に起因すると判断した.さらに,抗 Fusobacterium necrophorum ウサギ血清を用いて,免疫組織化学染色を行ったところ,ワルチン・スターリー染色においてフィラメント状の菌体が認められた箇所に一致して,陽性所見が得られた.
[診断]壊死桿菌による凝固壊死を特徴とする多発性脳膿瘍
[考察]他の臓器において認められた結節性病巣はいずれも,提出標本で観察される結節性病巣と同質であった.また,本例では粘膜上皮のパラケラトーシスおよび偽膜形成を伴う慢性第一胃炎が認められている.牛の壊死桿菌症では,口内炎,第一胃炎・肝膿瘍症候群,および趾間腐爛が一般的な病態であるとされている.また,子牛の場合は,子牛のジフテリーとしても知られている潰瘍性口内炎が一般的病態であるとされている.本例では,成牛で一般的とされている第一胃炎・肝膿瘍症候群の病態をとり,病巣が中枢神経を含めた全身に波及した子牛症例と考えられた.また,本症例において,中枢神経にまで転移した理由として,子牛が免疫抑制状態にあったということが考えられるが,原因については不明である.(佐藤あかね・古林与志安)