No.914 イリオモテヤマネコの心臓

 鹿児島大学


[動物]イリオモテヤマネコ,雄,成獣.
[臨床事項]西表島内で保護され,右後肢に跛行があり,衰弱および軽度の脱水がみられた.保護時体重 2440 g.保護される約 10 日前から保護地点周辺で当該個体と思われる歩行に異常があるヤマネコが数回目撃されていた.保護から 12 日後に死亡し,当教室に送付され,剖検を行なった.死亡時体重 2760 g.
[剖検所見]化膿性肺炎,右腎臓破裂,大腰筋の壊死,動脈硬化症(大動脈,前腸間膜動脈,肺動脈),肺虫(未同定)の寄生が認められた.心臓は肉眼的には著変はなかった.
[組織所見]心臓において,心筋細胞間に原虫のシゾントやメロゾイトが多数観察されたが,原虫に対する炎症反応は顕著ではなかった(図 1,Bar = 20 μm).シゾントは 22.3±3.1 × 15.3±2.2 μm,メロゾイトは 6.1±0.6 × 2.3±0.2 μm であり,どちらも PAS 陽性であった.宿主細胞は vimentin 陽性(図 2)で,myoglobin,lysozyme,factor [ 関連抗原は陰性であった.電顕的に宿主細胞は楕円形で心筋細胞に接して認められ,シゾントは宿主細胞の parasitophorous vacuole 内に存在していた(図 3,Bar = 3 μm).メロゾイトはクロマチンの凝集した核(N)や,apicomplex 類の特徴であるロプトリー(R),マイクロネーム(M),デンスボディー(D)などの構造を有していた(図 4,Bar = 1 μm).
[参考所見]同様のシゾントが咬筋や内股部の筋肉にも少数認められた.
[診断] Hepatozoon sp. の寄生がみられたイリオモテヤマネコの心臓
[考察] Hepatozoon はダニなどの吸血性節足動物を終宿主とし,各種の脊椎動物が中間宿主であり,哺乳類などの中間宿主は胞子形成オーシストを含む終宿主を経口的に摂取することにより感染し,さまざまな臓器にシゾントが形成される.本症例でみられた原虫は,寄生形態がシゾントであること,主な寄生部位が心臓であること,原虫に対する炎症反応がほとんど認められないこと,シゾントやメロゾイトが PAS 陽性であることなどの特徴が,Klopfer らのイエネコの Hepatozoon の報告と一致したことなどから Hepatozoon sp. と同定した(ネコ科動物の Hepatozoon の分類は混乱しているため,属レベルでの同定にとどめた).宿主細胞については,免疫染色や電顕によって心筋細胞ではなくマクロファージ等の間葉系細胞であると考えられたが,特定できなかった.(久保正仁・三好宣彰)
[参考文献]Klopfer, U., Nobel, T. A. and Neumann, F. Vet. Pathol. 10: 185-190 (1973).