No.923 ラットの鼡径部腫瘤

日生研


[動物]ラット,F344/DuCrj,雄,109 週齢.
[臨床事項]本症例は104 週間のがん原性試験の背景資料作成のための飼育試験として用いた動物である.4 週齢時に入荷し,109 週齢まで当所のバリアーシステム下で飼育された.105 週齢時より右鼡径部皮下に腫瘤が触知され,症例は109 週齢時に計画殺された.
[剖検所見]剖検時,皮下腫瘤は境界明瞭で 55×45×30 mm 大に達し,硬度軟で赤褐色を呈していた.他臓器に本腫瘤と関連性のある異常所見はなかった.
[組織所見]腫瘤内部および周囲組織に多数の出血巣が認められた.腫瘤は線維性結合織に隔てられた不規則な小葉構造を呈していた(図 1,bar = 500 μm).小葉内には豊富な粘液性間質に囲まれた腫瘍細胞の索状もしくは鎖状配列が認められた.腫瘍細胞は大小不同で多型性を呈し,円形から卵円形の大型の核と弱好酸性の豊富な細胞質を有し(図 1 挿入図,bar = 100 μm),有糸分裂像が多数認められた.免疫染色において腫瘍細胞は vimentin および S100 蛋白(図 2,bar = 50 μm)に陽性を示したが,cytokeratin,α-SMA,myoglobin,neurofilament,MBP,GFAP,lysozyme,ED1,von Willebrand factor および CD34 には陰性であった.電顕検索において腫瘍細胞は多数のミトコンドリア,ゴルジ装置および粗面小胞体を有し,細胞表面に微絨毛様細胞突起が認められた(図 3,bar = 1 μm).粘液性間質はコロイド鉄法(図 4,bar = 50 μm)など酸性ムコ多糖類の染色に陽性を示し,免疫染色において collagen typeT,U(図 5,bar = 50 μm),V および Y に陽性を,type] に陰性を示した.
[診断]ヒト骨外性粘液型軟骨肉腫に類似したラット未分化肉腫
[考察]肉眼的に骨および関節との連続性がないこと,組織学的に小葉構造を呈し,腫瘍細胞間に酸性ムコ多糖からなる豊富な粘液性間質が認められたこと,腫瘍細胞は vimentin および S100 蛋白に陽性を示したがその他のマーカーには陰性であったこと,超微形態学的に未分化な軟骨芽細胞様の形質を有していたことよりヒトの骨外性粘液型軟骨肉腫( EMC )に相当する腫瘍であると考えられた.ヒトの EMC においては明らかな軟骨形成を認める症例は稀であること,本症例の粘液性間質が collagen typeU に陽性で軟骨組織への分化傾向を示したこと,ならびにヒトの EMC と同様に collagen typeT,V および Y に陽性を示したことなどより本症例はヒトの EMC に相当する腫瘍であることが示唆された.しかしながら獣医領域において EMC という診断名はまだ一般的でないため本症例は「ヒト EMC に類似したラット未分化肉腫」とした.(中村圭吾)
[参考文献]1) Nakamura K et al. Toxicol. Pathol. in press (2007).
2) Aigner, T et al. Mod. Pathol. 17: 214-221 (2004).