No.926 イヌの胃壁腫瘤

北里大学


[動物]イヌ,シェルティ,雌,7 歳 5 ヶ月齢.
[臨床事項] 2005 年 2 月 7 日に嘔吐の主症で某動物病院に来院. その後,粘液状〜血液成分を混じる嘔吐を繰り返す.2005 年 5 月 6 日に本学付属動物病院に来院し,幽門部に形成された腫瘤を切除.術後経過良好であったが,7 月 21 日から再び嘔吐を始めた.8 月 26 日に内視鏡とバリウム検査で再発が確認され,対症療法を施すも好転せず,9 月 13 日未明に死亡した.死亡約 12 時間後に病理解剖を行った.
[剖検所見]腫瘤は幽門部〜十二指腸移行部の平滑筋層に形成されていた.境界不規則な類円形腫瘤(6 × 6 × 5 cm)で肝臓の外側左葉と一部で癒着していた.割面では,腫瘤中心部に出血壊死が強く,辺縁では乳白色を呈していた.膵臓および腸間膜リンパ節にも転移が認められた.
[組織所見]胃粘膜から筋層,漿膜にかけて紡錘形細胞が束状配列で錯綜し,一部では上皮細胞様類円形細胞も混在性に増殖していた(図 1).核分裂像は high power field (HPF,× 40)50 視野中 102 個, 平均 1 視野中 2.02 個であった.神経節細胞様細胞(図 2)や大小の空胞を有する細胞(図 3)および偽管様構造への分化も散見された.ワンギーソン染色では,個々の腫瘍細胞を取り包むように膠原線維の増生が観察された.免疫染色では,極一部の腫瘍細胞が抗 SMA 抗体に陽性(図 4)を示した,抗 c-kit 抗体は陰性であった.電顕では,核の両端を中心に細胞小器官が比較的豊富に分布し,大型の粗面小胞体が多数観察された.稀ながら myofilament(図 5)と pinocytotic vesicle が観察された.Dense body や時折 GIST にみられるシナプス様分泌顆粒は確認されなかった.
[診断]犬の胃壁に形成された多形型平滑筋肉腫
[考察]本症例の組織学的特徴は,紡錘形細胞の錯綜配列,神経節細胞様細胞や上皮細胞様円形細胞の混在性増殖であった.免疫染色では,抗 SMA 抗体が一部陽性であり,抗 c-kit 抗体は陰性を示した.このことから本腫瘍の起源が筋原性である可能性が示唆されたが,GIST および悪性神経鞘腫の場合でも筋原性マーカーに陽性を示すことがあり,確定診断には至らなかった.電顕では,核の両端を中心に発達した細胞小器官,myofilament および pinocytotic vesicle が散見され,平滑筋細胞としての構造を保持していた.神経節様細胞や粘液産生細胞では,腫大したミトコンドリアと分泌液を貯留する大型粗面小胞体が観察されたが,神経系細胞への分化を示す所見は観察されず,これらの細胞形態は腫瘍細胞の壊死像に相当するものと推測された.以上の HE,免疫染色,電子顕微鏡学的所見に基づいて,本腫瘍を多形型平滑筋肉腫と最終診断した.(朴 天鎬)