No.929 ネコの肺

東京大学


[動物]ネコ,日本猫,雄,6 歳.
[臨床事項]2006 年 2 月末に右眼球の白濁を認め,近医を受診.下腹部を触ると痛がり跛行を呈した.腹部触診で硬い腫瘤塊が触知され,黄色脂肪症を疑いビタミン E を処方,良化した.4 月末には左眼球も白濁した.8 月初めに呼吸速拍と発咳を認め,肺炎を疑い抗生剤を処方,やや良化した.精査のため東京大学動物医療センター内科を受診.X 線検査で肺に重度の間質パターンを認めた.眼検査でぶどう膜炎を認めた.これら検査所見からネコ伝染性腹膜炎(FIP)を疑い,ステロイド剤,抗生物質で治療したが著効はなかった.一般状態と呼吸状態が徐々に悪化し,12 月 14 日に死亡.開業動物病院にて剖検し,ホルマリン固定した肺,肝,膵,脾,腎,副腎,腸間膜,腸間膜リンパ節の一部が,東大動物医療センター内科に送付された.
[剖検所見]腹水と胸水の貯留無し.膵臓の黄白色小結節状硬化と腸間膜の黄変化の他に腹腔内に著変は無かった.肺は左後葉のみを採取.固定後の割面では,小型の白色領域が不規則に多数認められた(図 1). X 線検査所見から肺の全葉に同様の病変が分布していると考えられた.
ウイルス検査:FeLV(−),FIV(−),猫コロナウイルス抗体価 < 100 倍
[組織所見]肺には,肺胞構造の認められる部分と,充実性の無気肺部が混在していた(図 2).後者では,線維芽細胞様の紡錘形細胞の充実性無構造増生部 (A 領域),肺胞での小塊状増生部 (B 領域),および平滑筋様細胞増生部 (C 領域) が観察された(図 3).A 領域の細胞はビメンチン (V) 陽性で(図 5b),α-平滑筋アクチン (SMA) 陽性細胞が混在していた(図 6b).B 領域の細胞はビメンチン陽性(図 5a),α-SMA 陰性(図 6a)で,サイトケラチン (CK) 陽性の立方上皮化生した肺胞上皮細胞で縁取られていた(図 4a, b).C 領域の細胞はビメンチン陰性(図 5b),SMA 陽性で(図 6b),平滑筋と考えられた.電顕では,A 領域の細胞間にフィラメント構造が観察された(図 7a 矢頭).同フィラメントは focal density を示す myofilaments であった(図 7b).また平滑筋に特徴的な micropinocytotic vesicles を有する細胞も観察された(図 7c).
[診断]間葉系細胞の肺胞内増生を伴う猫の特発性肺線維症
[考察]本症例の所見は,ヒトやネコで報告されている特発性肺線維症の特徴所見とよく一致したが,間葉系細胞の肺胞内浸潤増生像は本症例に特徴的であった.(上塚浩司)
[参考文献]
1) Cohn, LA et al., J. Vet. Intern. Med. 18: 632-641 (2004).
2) Williams, K et al., Chest 125: 2278-2288 (2004).