[動物]イヌ,雑種,雄,5 歳,体重 7.0 kg.
[臨床事項]2005 年秋頃から食後の嘔吐が認められ,回数が増えてきたため近医を受診.幽門狭窄を疑い,幽門切開術を実施.嘔吐は一時軽減したが,3 ヶ月後,悪化.X 線で食道ほぼ全域にわたる拡張,内視鏡検査では食道粘膜の凹凸不整,増殖性変化を認めた.2006 年 4 月大学動物病院にて外科手術を実施,食道内腫瘤が頭側から噴門付近までの広範囲であることを確認.大血管への癒着も激しく,完全切除はかなり難しいと判断.飼い主の希望により安楽死を行った.
[剖検所見]咽頭から食道 35 cm まで拡張し,粘膜は粗糙で灰白色小結節が多発.また白色粘稠性泡沫物が貯留.食道末端部にカリフラワー状の腫瘤が内腔を閉塞(図 1).表面はもろく出血し,凹凸不整.噴門境界部まで病変は存在していたが,肉眼的に胃内への侵入は認められず,胃に著変は認められなかった.
[組織所見]腫瘍は明瞭な腺腔あるいは管腔形成をともない乳頭状に増殖する腺腫様細胞(図 2)と島状あるいは胞巣状に粘膜下へ浸潤する扁平上皮様の細胞(図 3)から成っていた.腺腫様細胞は円柱あるいは立方形で大型の核と明瞭な核小体を有し,AB,PAS 染色陽性物質が細胞質内および腺腔内に存在.扁平上皮様細胞は好酸性豊富な胞体,大型異型核,明瞭な核小体を有し,一部の胞巣中心部で不完全角化が認められた.食道近位部のリンパ節では両者の細胞が充実性あるいは胞巣状に実質を圧迫して増殖.明瞭な腺構造が認められた.腫瘍細胞は Cytokeratin AE1+AE3 陽性,Cytokeratin 8 では腺構造を構築する立方あるいは円柱上皮のみ陽性(図 4),また Cytokeratin 5/6 では扁平上皮様細胞のみ陽性(図 5).電顕では適度な数の粗面小胞体,ゴルジ装置,ミトコンドリア,リボソームの存在を確認.高分化のものは接着帯, Desmosome が発達(図 6 Bar = 500 nm).わずかであるがトノフィラメント様線維,グリコーゲン顆粒,微絨毛が存在(図 7 Bar = 200 nm).
[診断]食道腺扁平上皮癌 Esophageal adenosquamous carcinoma
[考察]犬の食道原発腫瘍は非常に希である.由来組織の可能性として,嘔吐の既往歴から逆流性食道炎に起因するバレット上皮が示唆された.人では腺癌,扁平上皮癌,腺扁平上皮癌,小細胞癌,神経内分泌腫瘍などに分類されているが,食道の癌細胞は多方向への分化能を有すると考えられており,腺様および扁平上皮様の形態が混在している症例は多数報告されている.(渋谷 久)
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