No.932 イヌの空腸

岩手大学


[動物]イヌ,チワワ,雌,2 ヵ月齢.
[臨床事項]約 200 頭規模のブリーダーにて,2005 年 11 月頃より突然死亡する子犬がみられるようになった.死亡例は前日まで若干粘液便を示す程度であったが,その 1〜2 日後に死亡した.入院治療した症例は,低血糖,低蛋白,低カリウム,白血球減少を示し,糞便検査ではパルボウイルスおよびジステンパーウイルスともに陰性で,寄生虫検査も陰性が確認された.ワクチンは 5 種混合ワクチンを接種済みとのことであった.本症例は 2006 年 2 月 25 日に粘液便,泡沫状流涎を示して翌日死亡した.主要臓器がホルマリン固定材料として当研究室に送付された.
[剖検所見]ホルマリン固定後ではあったが,空回腸では粘膜面,漿膜面ともに出血性病変はほとんど認められなかった.その他,採材された臓器には肉眼的に著変は認められなかった.
[組織所見]空腸粘膜上皮細胞は重度の壊死に陥っており,ほとんどの腸絨毛は消失,あるいは極端に短くなっていた(図 1).内腔には好酸性の壊死退廃物を容れ,壊死に陥った粘膜上皮の上部を含め,広範囲に多数の細菌塊が認められた.陰窩領域でも正常構築はほとんど認められず,大型で異様な上皮細胞が散在性に内張りしていた(図 2).ごくまれに,陰窩領域において好塩基性核内封入体が認められた(図 3 矢印).その他の臓器では,舌基底細胞の核内において,好塩基性核内封入体がみられた(図 4 矢印).
[診断]粘膜壊死,異様な再生上皮細胞の出現と腸陰窩の減少・消失を特徴とする低再生性空腸炎(イヌのパルボウイルス性腸炎)
[考察]本症例は組織学的に犬のパルボウイルス性腸炎と診断されたが,成書に記載されている特徴的肉眼病変の一つである出血性病変がほとんど認められず,従来のウイルス株とは異なる病原性を示していることが示唆された.陰窩領域では正常構築がほとんど消失し,大型で異様な再生上皮細胞が散在性にみられたのみであり,粘膜上皮の正常な再生がほとんどなされていないことが示された.(佐々木淳・御領政信)