No.935 エゾヤチネズミの肝臓

帯広畜産大学


[動物]エゾヤチネズミ(Gray Red-backed Vole),雄,成体.
[臨床事項]大学構内で捕獲され,臨床症状等は特に認められなかった.
[剖検所見]外観では中等度の腹囲の膨満が認められた.開腹時,肝臓の大半の領域は密発する 2〜3 mm 大の乳白色結節により置換され,肝臓は著しく体積を増していた(図 1).割面では,大半の乳白色結節は微小乳白色嚢胞状を呈していた.正常肝組織は僅かに残存し,正常肝組織と結節の境界は明瞭であった.同様の乳白色結節は脾臓,腎臓および小腸壁にも認められた.
[組織所見]多房性嚢胞が肝実質に認められた(図 2).嚢胞は外層より,ほぼ均質に染まる好酸性の角皮層,胚芽層および繁殖胞が形成され,その内側に多数の原頭節が認められた.また,胚芽層,原頭節内には多数の空胞領域が認められた(図 3).嚢胞周囲肝組織には炎症反応は殆んど認められず,一部にリンパ球の浸潤,線維化が認められるのみであった.脾臓,腎臓,小腸壁においても同様の病変を認めた.
[診断]エゾヤチネズミの肝臓における肝多包虫症
[考察]本症例では,人獣に寄生する多節条虫類のうち,嚢胞内に繁殖胞が多数形成され,その中に原頭節が形成されていることから包虫,さらに多房性の嚢を形成し角皮が薄く胚芽層が厚いことから多包虫であると鑑別できる.多包虫は宿主特異性が強く,エゾヤチネズミなどの好適宿主に寄生する場合は本症例のように宿主側の生体反応は殆んど認められない.提出標本では EDTA 脱灰により条虫類の特徴である石灰小体は溶出し,繁殖胞,原頭節内に空胞領域として認められる.同症例の未脱灰 HE 標本では石灰小体は好塩基性物質として認められ(図 4),コッサ反応陽性であった.脾臓,腎臓,小腸壁に認められた病変は,肝臓の包虫壁が破れ,腹腔内に遊出した原頭節が転移した二次包虫症であると考えられた.(小野里知哉・松井高峯)