[動物]C57BL/6N 系 S1P2 ヘテロ欠損マウス, 雌, 32 週齢.
[臨床事項]本個体は,血管内皮の増殖,アポトーシス抑制や血管新生等に関与する S1P2 遺伝子をヘテロ欠損させた遺伝子改変マウスであり,生後 6 週で N-ethyl-N-nitrosourea (ENU)を 120 mg/kg 腹腔内投与後 26 週間無処置で飼育し,殺処分したものである.
[剖検所見]本腫瘤は,腹腔内左背側に 15×10×10 mm の白色充実性腫瘤として認められた.腫瘤割面は白色充実性であり,一部に出血巣が見られた.なお,左側腎臓は認識できなかった.
[組織所見]本腫瘤は,腎臓全体を置換しており,有糸分裂の少ない異型性の低い上皮成分および間質細胞成分から構成されていた(図 1).前者は,弱好酸性液を貯留した尿細管類似管状構造物や円柱〜立方状または hobnail 様上皮 (図 3)に内張りされた嚢胞を形成しながら増殖しており,免疫染色では cytokeratin (図 2)にのみ陽性であった.PAS 染色は陰性であり,刷子縁や基底膜等近位尿細管を示唆する固有構造は認められなかった.一方,後者は,好酸性細胞質とクロマチンに富む小型核を有する平滑筋に類似した紡錘形細胞より成り,上皮成分の周囲を縫う様に増殖し,一部では束状配列も示した(図 4).免疫染色では α-smooth muscle actin (図 5)および vimentin (図 6)に陽性であり,WT-1,desmin,estrogen receptor には陰性であった.
[診断]腎複合上皮間質腫瘍(Renal Mixed Epithelial and Stromal Tumor)
[考察]ヒトの腎腫瘍の WHO 分類では,Mixed Epithelial and Stromal Tumor(MEST)と分類される腫瘍がある.MEST は,1998 年に初めて報告された充実性の間質成分と嚢胞形成を伴う上皮成分からなる二相性腫瘍である.一部の腫瘍細胞は抗エストロジェン受容体や抗プロジェステロン受容体に陽性を示し,腫瘍発生に性ホルモンが関係すると考えられている.動物においては,現在までにワオキツネザルにおいて一例の報告がある.今回の組織所見や免疫染色結果がヒトの MEST と類似していることから,現時点では本症例を MEST と診断するのがもっとも適切であると考える.ただし,本症例は,腎臓全体を置換しており,ヒトの報告と異なるが,これは,遺伝子改変されたマウスの胎児期に発生し,生後に遺伝子障害性のある ENU の投与を受けていることから,これらの外的因子によって腫瘍の増殖がさらに修飾されたものと推察される.(高畠正義・三森国敏)
[参考文献] 1) Lopez-Beltran A. et al. Eur Urol. 49 (5): 798-805 (2006).
2) Michal M. et al. Virchows Arch. 445: 359-367 (2004).
3) Murphy W. M. et al. AFIP ATLAS OF TUMOR PATHOLOGY Series 4. TUMORS OF THE KIDNEY, 185-187 (2004).
4) Muller S. et al. Vet Pathol. 44: 243-246 (2007).
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