No. 942 ラットの頭蓋腔内腫瘤

残留農薬研究所


[動物]ラット,Wistar Hannover (BrlHan:WIST@Jcl [GALAS]),雌,23 週齢.
[臨床事項]本例は繁殖毒性試験に用いた投与群の計画殺動物である.動物の生存中に異常は認められなかった.本病変の発生はこの動物にのみ認められた.
[剖検所見]頭蓋骨底部の正中からやや左側の位置に 10 × 7 × 5 mm の白色腫瘤が認められた.肉眼的に本腫瘤と脳のつながりはなかった.他の臓器に肉眼的異常はなかった.
[組織所見]腫瘤の中央部(図 1a)では好酸性均一で豊富な基質の中に腫瘍細胞がリボン状あるいは巣状に増殖し,その細胞質内には基質に類似する硝子滴が認められた(図 2).腫瘍細胞は異型性が強く,分裂像が多数観察された.基質および細胞質内硝子滴は PAS 反応陽性(図 3),アルシアンブルー染色陰性を示した.免疫染色では腫瘍細胞はケラチン陽性,α-フェトプロテイン(AFP)一部陽性,ビメンチン陰性で,ラミニンは基質および硝子滴を含む細胞質が陽性であった.電顕では,細胞外基質は層状構造を示し,腫瘍細胞の拡張した粗面小胞体内には基質類似物質が充満していた.細胞間にはデスモゾーム様の構造も散見された.腫瘤の周辺部(図 1b)には神経細胞を含んだ神経網から成る中枢神経組織が存在した(図 4).また,粘液産生細胞および線毛を有する細胞で構成される管腔構造がみられた(図 4).これらの細胞はケラチンおよび AFP 陽性であった.
[診断]成熟型奇形腫を伴った卵黄嚢癌
[考察]当初,特徴的な形態像から腫瘤中央部は卵黄嚢癌,周辺部は正常な脳神経,管腔構造は AFP に陽性な点から臓側卵黄嚢への分化を示す卵黄嚢癌の一成分であると考え,本症例を卵黄嚢癌と診断した.しかし討議の場で周辺部および管腔構造は奇形腫の成分ではないかとのご指摘を頂いた.再考の結果,周辺部では神経網の構造が認められる点,臓側卵黄嚢への分化を示す細胞に粘液や線毛を有するという報告がなされていない点より,これらはそれぞれ中枢神経組織および気管への分化を示す奇形腫の成分と考えるのがより妥当であると判断した.卵黄嚢癌および奇形腫はともに胚細胞由来の腫瘍であり,時折,同時に発生することが知られている.本腫瘍は胚細胞が頭蓋腔内へ迷入し腫瘍化したことにより発生したと考えられた珍しい症例であった.(高橋尚史)
[参考文献]Sobis, H. 1987. Yolk Sac Carcinoma, Rat. pp.127-134. In: Monographs on pathology of laboratory animals, Genital System. (Jones, T.C., Mohr, U. and Hunt, R.D. eds.), Springer-Verlag.