No. 943 ブタの脊髄

日生研


[動物]ブタ,LWD 種,雄,35 日齢.
[臨床事項]繁殖母豚 450 頭飼養規模の一貫経営農場で,2006 年 8 月頃から離乳舎で 1 豚房に 1〜2 頭,神経症状を呈し斃死する個体が散見された.神経症状は前肢または後肢の伸張で,強直性痙攣もみられ,病豚は発症後 2〜3 日で斃死した.提出例はそのうちの 1 頭である.抗生剤を投与したが効果はみられなかった.
[肉眼所見]大脳および小脳の髄膜が充血していた他,諸臓器に異常はみられなかった.
[参考所見]大脳および三叉神経からのウイルス分離は陰性であった.
[組織所見]脊髄灰白質の腹角には腫大・円形化した運動神経細胞が散在していた.変性・壊死に陥った神経細胞の周囲には小膠細胞や炎症性細胞が取り囲む神経食現象(図 1),グリア結節(図 2)などがみられた.灰白質および白質にはリンパ球,形質細胞ならびにマクロファージからなる囲管性細胞浸潤や腫大した軸索が認められた.上記の所見は脊髄灰白質,特に腹角で強い傾向を示した.神経根にはリンパ球とマクロファージが浸潤し(図 3),髄鞘崩壊による髄球形成を伴っていた(図 4,LFB).脊髄神経節では一部の神経節細胞は変性して好酸性を増し,神経節細胞周囲にはリンパ球,形質細胞ならびにマクロファージが浸潤していた.豚エンテロウイルス(PEV)性脳脊髄炎を疑い,脊髄および脊髄神経節についてマウス抗豚テシオウイルス(PTV)モノクローナル抗体を用いた免疫組織化学的染色(動物衛生研究所の好意による)を行ったところ,神経細胞,グリア結節内のグリア細胞,神経節細胞に陽性所見(図 5,IHC)が得られた.
[診断]PTV/PEV の関与が疑われた非化膿性脳脊髄炎,神経根炎ならびに神経節炎
[考察]豚エンテロウイルス性脳脊髄炎の原因ウイルスである PEV は 13 の血清型に分類されていたが,近年の遺伝子学的解析により PTV および PEV に再分類された.PTV/PEV は健康な豚の腸内容物・糞便・扁桃などから高率に分離され,多くの豚に不顕性感染していると考えられている.豚エンテロウイルス性脳脊髄炎の主要な神経症状は運動失調や四肢の麻痺などで,組織学的に非化膿性脳脊髄炎が主に脳幹部,小脳ならびに脊髄に出現し,灰白質は白質に比較して強く障害されることが特徴である.OIE の診断マニュアルによれば,本病の確定診断には神経症状が認められること,非化膿性脳脊髄炎が観察されること,脳脊髄からウイルスが分離されることが必要とされている.本例は豚エンテロウイルス性脳脊髄炎と病理診断されるが,ウイルスが分離されていないため確定診断には至らなかった.我が国における本病の報告は少なく,病理発生については不明な点が多いため,今後さらに症例を集め検討する必要があると考えられた.(平井卓哉)
[参考文献]Yamada, M., et. al., Vet Rec. 155: 304-306 (2004).