No.963 イヌの空腸

山口大学


[動物]イヌ,四国犬,雄,7 歳 7 ヶ月齢.
[臨床事項]2006 年 2 月頃より食後の嘔吐が認められ,水様性下痢や血便および吐血もみられるようになったため,近医を受診するも改善せず,著しい体重減少が認められた.他院にて内視鏡・生検検査を行った結果,リンパ球性-プラズマ細胞性結腸炎 (2007 年 4 月 4 日) と診断され,プレドニゾロンによる治療を行ったが反応が悪く,2007 年 4 月 27 日に本学動物医療センターに来院.超音波検査で,小・大腸壁の肥厚 (4 mm) が認められた.対症療法により,状態はやや改善したが,5 月 22 日に死亡.同日病理解剖を行った.
[剖検所見]主病変は小腸・大腸および腸間膜・膵十二指腸リンパ節にみられた.腸管(十二指腸から直腸)は全域が分厚いゴムホース状で(図 1),腸粘膜面は皺壁状,び漫性に重度に肥厚し,管腔は狭小で内容物はほとんどみられなかった(図 2).漿膜面,粘膜面共に乳白色で,粘膜面には少数・散在性点状出血を認めた.腸間膜リンパ節および膵十二指腸リンパ節は数倍に腫大していた(図 3;矢印).
[組織所見]病巣は粘膜固有層に主座し,細胞および核ともに異型の強い中型から大型のリンパ芽球様類円形細胞がび漫性に浸潤していた(図 4).一部の腫瘍細胞は,粘膜筋板に浸潤していたが,粘膜下組織・筋層および漿膜への浸潤は認められなかった.腫瘍細胞の核は水泡状で,類円型から卵円型あるいは凹凸があり,複数の核小体をもっていた.細胞質は乏しいものからやや豊富なものまであり,弱好酸性から弱好塩基性を示した.また,多くの核分裂像が認められた.腫瘍細胞増殖巣には,多数の成熟した形質細胞と中等度の好酸球浸潤が認められ,小型の成熟リンパ球がわずかに認められた(図 5).粘膜上皮の多くは変性・壊死,消失していた.腫瘍性の変化は,胃を除き,小腸に強く,大腸に弱いという程度の差はあるが,同質の変化が,十二指腸から直腸までの粘膜全域とリンパ節に認められた.免疫組織化学的染色では,腫瘍細胞は抗 CD3 抗体(図 6)に陽性を,抗 CD79a 抗体に陰性を示した.PCR 解析では, T 細胞のモノクローナリティが認められた.
[診断]:犬の空腸粘膜における形質細胞と好酸球の浸潤を伴う T 細胞リンパ腫
[考察]本症例の組織学的特徴は,粘膜部に限局した著明な形質細胞と中等度の好酸球浸潤を伴った異型のリンパ芽球様細胞の結節を形成しない,び漫性の浸潤であった.形態的には均質な腫瘍細胞集団ではなかったが,免疫組織化学的染色と PCR の所見から,本腫瘍細胞は,T 細胞由来である事が示唆された.なお,生前リンパ球性-プラズマ細胞性結腸炎と診断されている事から,同病変が小腸にも存在し,それらが本病の前駆病変となった可能性,あるいは腫瘍細胞間にみられた形質細胞と好酸球の浸潤は本 T 細胞リンパ腫に随伴(関連)する可能性などが考えられるが,いずれも確定する事はできなかった.また,提出標本と類似の報告はみられない.(村瀬亜由美・林 俊春)