No.970 マウスの小脳腫瘤

東京農工大学


[動物]p53 ホモ欠損マウス,雄,19 週齢.
[臨床事項]本マウスは,無処置飼育 19 週目に神経症状を示したため,殺処分した例である.
[剖検所見]剖検で小脳底部に Φ 5〜7 mm の白色腫瘤が確認された.
[組織所見]本腫瘤は小脳原発(図 1)で,卵円〜楕円形で辺縁不整な核と乏しい胞体を持つ異型性を伴った細胞の充実性増殖を特徴としていた.多くの細胞が 1 個の核小体を容れ,アポトーシス及び有糸分裂像は多数認めるも,壊死巣はなかった.リボン状配列やロゼットといった特定の分化を示す所見は認められなかった(図 2).免疫染色では,一部の細胞で Synaptophysin(図 3),MAP2(図 4),及び S-100 は陽性であったが,GFAP 及び Vimentin 等のグリア細胞マーカーは陰性であった.神経外胚葉幹細胞マーカーのNestin(図 5)は陽性であった.
[診断]小脳神経芽腫(Cerebellar neuroblastoma)
[考察]本症例は組織学的所見と Nestin 陽性所見から,異型性の強い胎児性腫瘍であると考えられた.Nestin は神経幹細胞のみならず,発達途上の放射状グリア細胞やバーグマングリア細胞での発現も知られている.しかし本症例の場合,Nestin 陽性細胞は GFAP や Vimentin 陽性ではなかったことから,グリア細胞ではなく幹細胞の性格を示すものと考えられた.また,Synaptophysin や MAP2 の陽性細胞も出現しており,神経細胞への分化傾向が窺えた.p53 ホモ欠損マウスでは,更に PARP 等の遺伝子改変を行った場合では髄芽腫が高率に発生するが,p53 ホモ欠損のみでは小脳胎児性腫瘍の発生は稀である.以上より,本来であれば同じ遺伝子改変マウスに発生する複数の小脳腫瘍でその生物学的特性を検討して総合的に判断すべきであり,ラット・マウスの誘発脳腫瘍では GFAP の反応性が悪いという問題点が残るものの,本症例を検討した限りでは,産業動物における神経腫瘍の WHO 分類に従った場合,小脳神経芽腫と診断するのが適切であると考える.(吾郷恭平・渋谷 淳)
[参考文献]
1) WHO International Histological Classification of Tumors of the Nervous System of Domestic Animals, 2nd series, pp. 25-26 (1999).
2) Wetmore C. et al., Cancer Res. 60: 2239-2246 (2000).
3) AFIP Atlas of Tumor Pathology Series 4: Tumors of the Central Nervous System, pp. 251-294 (2007).
4) Wang X. et al., Mol. Cell. Biol. 27: 7935-7946 (2007).
5) Tong W.M. et al., Am. J. Pathol. 162: 343-352 (2003).
6) Yan C.T., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103: 7378-7383 (2006).