No.985 イヌの脳

大阪府立大学


[動物]イヌ,ビーグル,雌,約 6 歳.
[臨床事項]症例は自家腎移植実験が行われた動物で,移植 3 ヵ月後に腎生検を行ったところ,直後から痙攣様症状が認められた.ジアゼパム投与により一時的に状態が安定したが,再発を繰り返し,意識レベル低下,起立不能となったため,生検 4 日後に安楽殺し剖検を行った.MRI 検査では,左側大脳に T2 強調像で高信号,T1 強調像で低信号を示す領域がび漫性に認められた.本例には,腎移植術の 3 年前に左側頚動静脈吻合術が行われている.
[剖検所見]MRI の病変部は肉眼的に水腫様で,皮髄境界が不明瞭であった.また,左側大脳において直径 5 mm 程度の出血巣が認められた.
[組織所見]MRI の病変部に一致して,大脳に広範な壊死巣が認められ(図 1),血管周囲性に類円形ないし短紡錘形の核を有する細胞の増殖が観察され,しばしば有糸分裂像がみられた(図 2).海馬では,CA1 ニューロンの虚血性壊死が認められた(図 3).また,脳実質や髄膜で拡張した静脈が散見された.肉眼的な出血部に一致して,髄膜から脳実質にかけて重篤な出血巣が認められた.免疫染色の結果,血管周囲の増殖細胞は vimentin に強陽性,vWF および α-SMA に陰性で,血管平滑筋の外側に存在していた.電顕観察の結果,増殖細胞は血管基底膜より外側に位置し,脳実質とはさらに別の基底膜で区切られていた(図 4).
[診断]血管周囲性の髄膜上皮細胞の増生を伴う広範な脳実質の壊死(脳静脈高血圧症を疑う)
[考察]血管周囲の増殖細胞は,Virchow-Robin 腔に存在する髄膜上皮細胞と考えられた.血管増生を伴う髄膜上皮由来の腫瘍には,meningioangiomatosis が挙げられるが,本例では増殖性病変だけでなく,虚血性神経細胞壊死,出血などの病変も伴っており,腫瘍性病変とは異なると考えられた.ヒトの脳静脈高血圧症では,慢性的な脳静脈逆流により,髄膜や脳実質に重篤な出血を起こすことがある.本例には左側頸動静脈吻合術が行われており,脳静脈の拡張が認められたことから,背景病変として慢性的な脳静脈高血圧が疑われた.(井澤武史・桑村 充)
[参考文献]
1) Bishop, T.M., Morrison, J., Summers, B.A., deLahunta, A., Schatzberg, S.J. 2004. J Vet Intern Med 18: 522-528.
2) van Dijk, J.M., terBrugge, K.G., Willinsky, R.A., Wallace, M.C. 2002. Stroke 33: 1233-1236.