No.986 イヌの小脳

日本獣医生命科学大学


[動物]イヌ,ミニチュアダックスフンド,避妊雌,12 歳.
[臨床事項] 1 年以上にわたり,副腎皮質機能低下症による低 Na 血症を持続していた.治療中に重度低 Na 血症( 110 mEq/L )がみられたため,食塩 3 g の給餌,生理食塩水の点滴による Na 補正を試みた.補正により血中のナトリウム値は 25 時間で 16 mEq/L 上昇した.補正 3 日後,起立困難,震え,痙攣がみられた.症状はさらに悪化し,意識消失,遊泳運動がみられた.9 日目には予後不良と判断され,安楽死された.
[肉眼所見]両側副腎皮質の高度萎縮.大脳の表面血管樹枝状充盈の他には著変認めず.
[組織所見]左右対称に小脳小葉白質板を中心に空胞病巣がみられた(図 1).病巣部ではボディアン ・ LFB 二重染色において髄鞘崩壊と比較的保存された軸索が認められ,残存する軸索間には LFB 陽性顆粒を含む髄鞘貪食細胞が多数みられた(図 2).重度病巣では病変は小脳灰白質にまで及んでおり,顆粒層の多くの細胞にアポトーシス( TUNEL 法により)が認められた.同様の病変は間脳視床,大脳白質にもみられた.副腎は特発性副腎皮質萎縮症と診断された.
[診断]小脳髄質髄鞘融解 ( Myelinolysis )
[考察]本病変は一種の脱髄であるが,慢性アルコール中毒や重度栄養失調の患者で報告され,多発性硬化症などの脱髄と区別され,Myelinolysis と命名された1).後にこの病因は急激な Na 補正であることが明らかになった2).本症例も慢性副腎皮質機能低下症に随伴した低ナトリウム血症に対する急激なナトリウム補正後に神経症状を呈し,解剖学的に限局した領域に脱髄巣がみられる特徴的な組織所見が得られた.犬では病変は視床でみられることが多いが3),本症例は視床よりも小脳の方が顕著であった.本疾患では急激なナトリウム補正が原因であることは明らかであるが,浸透圧の変化がどのような機序で髄鞘融解をひき起こすのかは未だ不明である.(佐々木菜保子・高橋公正)
[参考文献]
1) Adams R., Victor M. 1959.Arch. Neurol. Psychiat. 81:154-172.
2) Sterns RH., et. al. 1986New Engl. J. Med. 12:314(24):1535-42.
3) O’Brien DP., et al. 1994J. Vet. Int. Med. 8:40-48.