No.990 コアラの椎体部腫瘤

日本大学


[動物]コアラ(クインズランドコアラ),雄,10 歳,体重 7 kg.
[臨床事項]症例は動物園の展示動物.2007 年 8 月に痙攣,運動麻痺などの神経症状が認められ,感染症を疑い治療したところ,3 週間ほどで症状は改善.その後,2008 年 2 月に後肢麻痺により木から落下.椎間板ヘルニアを考慮して治療を開始.半月後,CT,MRI 検査を行ったが,撮影終了間際に心室細動に陥り死亡した.
[剖検所見]第 11 から 13 胸椎椎体部左側に出血を伴う扁平な腫瘤(図 1)が存在.腫瘤の大きさは 3 cm × 2 cm,椎体から肋骨頚に及び,骨に固着.腫瘤割面は灰白色,充実性.その他の所見として,血様腹水 30 ml 貯留.腸間膜,下顎,頚部リンパ節が軽度に髄様腫脹.心臓は血様の心嚢液充満,心内膜出血,心筋退色.脾臓はやや柔軟,割面から血液流出なし.肺は全体に暗赤色水腫状.胃粘膜,特に胃底から幽門にかけて 1 から 2 cm 大の糜爛多数存在.腸管粘膜に点状あるいは斑状の出血が散在.
[組織所見]リンパ球様の腫瘍細胞がび漫性,シート状に増殖(図 2).椎体部腫瘍は近接する筋組織内,骨髄また脊髄硬膜外まで浸潤.肺,横隔膜,胃,腸間膜リンパ節,下顎リンパ節,肝,脾に転移巣が認められ,ほとんどの臓器の血管内に腫瘍細胞が存在.核は小から中型,円形で中等度の好酸性細胞質を有し,ラッセル小体様の細胞も散在.メチルグリーンピロニン染色で胞体が赤染.免疫染色では Oct-2(図 3),Vimentin に陽性,Kappa 鎖,CD79b,CD138 に弱陽性,PAX5,Lambda 鎖に陰性を示した.電顕では拡張した粗面小胞体(図 4)を多数確認できたが,層板構造は認められなかった.また Dense body,細線維束,ゴルジ装置が発達していた.
[診断]形質細胞への分化を示すリンパ腫
[考察]コアラのリンパ腫・白血病の原因であるコアラレトロウイルスはオーストラリアのみならず,国内の動物園でも蔓延していることが知られている.免疫組織化学および電子顕微鏡学的検索により形質細胞への分化が示され形質細胞骨髄腫と診断し,Nonsecretory multiple myeloma(非分泌型多発性骨髄腫)の可能性を示唆したが,骨髄腫の臨床的な特徴である高ガンマグロブリン血症,骨融解,尿中ベンス・ジョーンズ蛋白,M 蛋白が確認できなかったことより,診断をリンパ腫に改めた.(渋谷久)