[動物]ネコ, 雑種, 雌, 7 ヵ月齢.
[臨床事項]2008 年 11 月に食欲不振および元気消失を主訴に某動物病院を受診. 初診時には脱水および発熱が見られ, 血液検査では白血球数の著しい上昇が認められた. 第 2 病日から神経症状(意識混濁, 全身性痙攣, 両前肢強直など)を呈し, 第 3 病日には両後肢固有知覚反応の消失が見られた. その後状態は改善されず, 第 5 病日に死亡した.
[剖検所見]脳全体は重度うっ血により赤色調を呈し (図 1), 割面では髄膜内の静脈が拡張し, 右側脳室内に出血が見られた. また, 両側腎臓の被膜下皮質に最大直径 1 cm に至る乳白色結節が散在していた.
[組織所見]組織学的にも脳全域におけるうっ血が認められ, 赤血球が充満し拡張した静脈 (図 2, Bar = 100μm) および血管周囲を中心とした水腫が見られた. 大脳の脈絡叢, 脳室上衣, 髄膜および脳室周囲の実質に炎症性細胞浸潤が見られた (図 3, Bar = 50μm). 炎症は特に第 3 ・ 第 4 脳室内および髄膜において著明で, 好中球およびマクロファージを主体とした化膿性肉芽腫性病巣を形成していた. 同様の炎症巣は両側腎臓皮質にも散在していた. 硬膜上矢状静脈洞に線維素血栓が形成されていた (図 4, Bar = 200μm). 猫伝染性腹膜炎( FIP )ウイルス抗体陽性像が炎症巣のマクロファージに一致して認められた (図 5, Bar = 20μm).
[診断]著明なうっ血を伴う脈絡叢炎および髄膜炎(猫伝染性腹膜炎ウイルス感染による)
[考察]本例は, 腎皮質および大脳における化膿性肉芽腫性炎症の存在並びに炎症巣のマクロファージに FIP ウイルス陽性像が認められたことから FIP と診断された. しかし, 脳のみに重度うっ血を認め, うっ血の原因を FIP 感染による病巣のみでは説明できず, うっ血の機序についてさらに検討した. その結果, 硬膜上矢状静脈洞に線維素血栓が認められた. 静脈洞における血栓形成はヒトにおいて静脈洞血栓症と呼ばれ, 多様な神経症状を示し, 時に死亡することが報告されている. 原因としては頭部の炎症, 栄養不良, 脱水などが考えられており, 特に頭部近傍の組織における炎症は本症を引き起こしやすいとされる. 過去に動物での静脈洞血栓症は報告されていない. 今回, 脳室に主座する炎症および髄膜脳炎 ( FIP ウイルス感染による)が, ネコにおいて静脈洞血栓症を惹起した可能性があることに注目し出題した.(櫻井 優・森田剛仁)
[参考文献] 1)Brown, C. C. Baker, D. C. and Baker, I. K. 2007. Alimentary System. pp. 290-292. In Pathology of Domestic Animals,5th ed,. vol 2. (Maxie, M. G. ed) Saunders, Philadelphia.
2)Graham, D. I. 1992. Hypoxia and vascular disorders. pp. 234-235. In: Greenfield' s Neuropathology, 5th ed. (Adams, J. H. and Leo, W. D. ed) Edward Arnold, Great Britain.
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