No.1015 タヌキの小脳・延髄

岐阜大学


[動物]ホンドタヌキ,雄,亜成獣.
[臨床事項]岐阜市内で保護され,本学野生動物救護センター(現・野生動物管理学研究センター)に搬入された.衰弱,削痩しており,右斜頸,振戦,チック等の神経症状が認められた.X 線検査では左肘関節の変形が認められたが,頭部に異常は認められなかった.血液検査で中等度の貧血(PCV 25%),尿検査で尿糖が認められた.ジステンパー簡易検査キットではウイルス抗原陰性であった.搬入翌日に安楽殺され,剖検された.
[剖検所見]肉眼的に脳に著変は認められなかった.その他,右大腿部筋間に膿瘍,肺に多数の白色斑( 径 1-2 mm)が認められたほか,腎臓は左右とも黄白色を呈し,腫大していた.鉤虫と眼虫の寄生も認められた.脊髄は検索しなかった.
[組織所見]小脳では主に分子層と髄膜において,マクロファージ,リンパ球,形質細胞,好中球,好酸球等の巣状から瀰漫性の浸潤がみられた(図 1).また,実質が粗鬆化し,新生血管が目立つ領域も存在した(図 2).延髄では主に灰白質の血管周囲や実質において,小脳と同様の炎症細胞浸潤がみられた.これらの病変内あるいは周囲において原虫のシゾント(図 3)やシゾントから放出されたメロゾイト(図 4,矢印)が観察された.免疫染色では,原虫は Toxoplasma gondiiNeospora caninum に陰性で, Sarcocystis cruzi に対して弱いながらも交差反応を示した.18S rRNA 遺伝子の塩基配列解析では,マガン由来の Sarcocystis sp. と最も高い相同性を示した.
[参考所見]同様の病変は大脳や間脳でも認められたが,比較的軽度であった.また,舌,横隔膜,大腿部の筋肉において Sarcocystis spp. のサルコシストが認められた.その他,類脂質肺炎,非化膿性間質性腎炎,空回腸の粘膜固有層における好酸球浸潤がみられたが,原虫との関連は認められなかった.
[診断]Sarcocystis sp. による原虫性髄膜脳炎
[考察]原虫性脳炎の原因としては ToxoplasmaNeospora,Sarcocystis 等が知られている.本症例の原虫は形態学的,免疫学的に Sarcocystis と一致した.Sarcocystis 脳炎はさまざまな動物種で報告されているが,タヌキでは本症例が初めてである.原虫の種レベルでの同定はできていないが,遺伝子解析によりマガン由来の未同定種と近縁であることが示された.今後,脳で観察されたシゾントと横紋筋で観察されたサルコシストが同一種のものであるかどうかについても明らかにする必要がある.(久保正仁・柳井徳磨)