No.1019 イヌの肛門周囲腫瘤

東京農工大学


[動物]イヌ,雑種,雄(去勢),8 歳.
[臨床事項]2008 年 10 月末に嘔吐,食欲不振を主訴に来院し,肛門右側皮下に 8×8×4 p の腫瘤を認めた.抗生剤・制吐剤の投与により嘔吐は改善した.その約 3 週間後に腫瘍を摘出し,その後は一時的に回復したが,翌年 1 月に再び嘔吐,食欲不振になり,死亡した.畜主の希望により剖検は行わなかった.摘出した腫瘍がホルマリン固定後,当方に送付された.
[肉眼所見]腫瘤は肛門右側(臀部)の皮下に存在し,直腸とのつながりは認められなかった.割面は灰白色・充実性で,結合組織によって胞巣状に仕切られていた.
[参考所見]腫瘍摘出前の血中カルシウム濃度は 8.4 mg/dl であった.
[組織所見]腫瘤は間質結合組織によって胞巣状に区切られており,比較的豊富な細胞質と類円形の核を有する腫瘍細胞が充実性かつ浸潤性に増殖し(図 1),シート状配列や vascular pseudo-rosette(図 2)配列を特徴としている.免疫染色により,腫瘍細胞はサイトケラチン8 を認識する cytokeratin CAM 5.2 に陽性を示し(図 3),神経内分泌系のマーカーである chromogranin A(図 4),synaptophysin(図 5),neuron-specific enolase,vasoactive intestinal peptide に陽性を示した.vimentin,smooth muscle actin には陰性であった.また腺癌のマーカーである carcinoembryonic antigen や,大腸カルチノイドで陽性となることが多い serotonin,somatostatin にも陰性であった.肛門嚢アポクリン腺癌で陽性となることが報告されている parathyroid-related peptide (PTHrP)にも本症例は陰性であった.一方で,正常ビーグル犬の既存の肛門嚢アポクリン腺に隣接して chromogranin A 陽性細胞が分布していることが確認されたため,本腫瘍はアポクリン腺に分布する神経内分泌細胞由来の腫瘍であると考えられた.
[診断]肛門嚢悪性神経内分泌腫瘍
[考察]ヒトの神経内分泌腫瘍の診断には,腫瘍を構成する 30 % 以上の細胞が神経内分泌マーカーに陽性であることが求められるが,本症例においてもその大半の細胞が chromogranin A に陽性であり,CEA には全て陰性であったことから,神経内分泌系への分化を示す腺癌ではなく悪性神経内分泌腫瘍と診断した.家畜の皮膚腫瘍の WHO 分類に従えば,肛門嚢アポクリン腺癌(充実型)と診断されていた症例であるが,この様な組織型を示す腫瘍の中に,神経内分泌腫瘍の性格を示すものが存在する可能性が示唆された.一方,肛門嚢アポクリン腺癌の症例は,高カルシウム血症を示して腫瘍内で PTHrP を合成・分泌するという報告があるので,今後は広く肛門嚢腫瘍の症例を増やして,PTHrP 産生腫瘍と神経内分泌腫瘍の組織型の相違の有無を検討し,由来と診断名を整理してゆきたい.(小川文一朗・渋谷淳)
[参考文献]
1) Vos, J. H., van den Ingh, Ramaekers, F. C., Molenbeek, R. F., de Neijs, M., van Mil, F. N. and Ivanyi, D. 1993. The expression of keratins, vimentin, neurofilament proteins, smooth muscle actin, neuron-specific enolase, and synaptophysin in tumors of the specific glands in the canine anal region. Vet. Pathol. 30:352-361.
2) Grone, A., Werkmeister, J. R., Steinmeyer, C. L., Capen, C. C. and Rosol, T. J. 1994. Parathyroid hormone-related protein in normal and neoplastic canine tissues: Immunohistochemical localization and biochemical extraction. Vet. Pathol. 31:308-315.