No.1043 イヌの下腿部筋間腫瘤

大阪府立大学


[動物]イヌ,雑種,雄,17 歳.
[臨床事項]腎不全の治療のため本学を来院.その際,右後肢の浮腫が認められた.初診から 7 ヶ月後,元気消失および起立不能となり,超音波検査にて左腎に腫瘤が認められた.状態悪化のため,安楽殺が施され,当教室にて剖検が行われた.
[剖検所見]右膝関節の大腿脛関節および大腿膝蓋関節の関節面に,直径 7 mm に至る多結節性灰白色軟性腫瘤が認められた(図 1).腫瘤は大腿脛関節から連続して,近位下腿部の筋間まで伸展していた.同様の腫瘤が大腿部筋間にも認められた.筋間腫瘤の一部は嚢胞状を呈し,その内部に透明なゼリー状物質が貯留していた(図 2).
[参考所見]左腎に 3×3×4 cm の白色硬性腫瘤がみられ,病理組織学的に腎細胞癌と診断されたが,他臓器への転移は認められなかった.
[組織所見]筋間腫瘤は,少数の紡錘形ないし星状の間葉系細胞(図 3;挿入図)と粘液基質(図 4;アルシアン青染色)からなる多結節性病変であり,嚢胞内腔面では A 型滑膜細胞様細胞の内張りが認められた(図 5).同様の病変が,膝関節の関節包および大腿骨・脛骨の関節面でみられたが,骨浸潤は認められなかった(図 6).免疫染色では,結節内の間葉系細胞および嚢胞の内張り細胞はビメンチンに強陽性で,その一部はマクロファージマーカー(MSR-A)と PCNA に陽性を示した.サイトケラチンと S-100には陰性を示した.
[診断]滑膜粘液腫 Synovial myxoma
[考察]上記の病理学的所見は,既報のイヌの滑膜粘液腫と一致しており,膝関節原発の滑膜粘液腫と診断した.本症例では,大腿部および下腿部の筋間に広く浸潤がみられたものの,明らかな臨床症状(運動障害)を示さず,骨浸潤も認められないことから良性腫瘍と考えた.滑膜粘液腫の由来細胞については未だ不明であるが,本症例では膝関節から離れた下腿部筋間においても,間葉系細胞(B 型滑膜細胞様)に加えて,嚢胞を内張りする細胞(A 型滑膜細胞様)の増殖が認められ,滑膜粘液腫の病理組織学的特徴の一つと考えられた.
(井澤 武史)
[参考文献]
1)Craig, L. E., Krimer, P. M., Cooley, A. J. 2010. Canine synovial myxoma: 39 cases. Vet. Pathol. 47: 931-6.
2)Craig, L.E., Julian, M.E., Ferracone, J.D. 2002. The diagnosis and prognosis of synovial tumors in dogs: 35 cases. Vet. Pathol. 39: 66-73.
3)Pool, R. R. and Thompson, K. G. 2002. Tumors of joints. pp. 199-243. In : Tumors in Domestic Animals, 4th ed. (Meuten, D. J. ed.), Iowa State Press, Ames, Iowa.