No.1067 イヌの上顎神経

岩手大学


[動物]犬,ミニチュアダックスフンド,避妊雌,9 歳.
[臨床事項]2010 年 4 月頃より両側眼瞼の下垂がみられはじめ,精密検査のために本学動物病院を受診した.神経学的検査では,両眼対光反射・角膜反射の消失,眼瞼反射・威嚇瞬き反応・上下顎の知覚などの低下,右眼縮瞳,顔面神経麻痺,側頭筋・咬筋の萎縮などが認められ,X 線検査では巨大食道症と診断された.脳脊髄液の細菌検査,抗アセチルコリン受容体抗体,咀嚼筋筋炎抗体,抗 GFAP 自己抗体検査にはすべて陰性であった.意識状態は傾眠を示して,呼びかけには反応するものの症状の改善がみられず同月末死亡し,死後約 24 時間後に病理解剖を実施した.
[組織所見]上顎神経のほとんどの領域において,リンパ球浸潤が重度に認められた(図1,2).軸索は断裂,膨化していた.免疫組織化学的染色では CD20 陽性細胞が優性にみられ,CD3 や lysozyme 陽性細胞はほとんど認められなかった(図 3-5).λ-light chains に陽性を示す円形細胞は散在性にみられた(図 6).浸潤リンパ球は,Ki-67 にはほとんど陰性であった.同様の病変は,胸腰髄の背根や腹根をはじめ,三叉神経,三叉神経節,馬尾などの広範な部位で認められた.
[診断]犬の上顎神経におけるリンパ球性神経炎 Lymphocytic neuritis of maxillary nerve in a dog
[考察]犬の根神経症は,アライグマ猟犬麻痺として知られる多発性根神経炎や,主に感覚神経が障害される神経節根炎などが知られている.本症例では,胸腰髄の背根および腹根の両方に病変がみられ,さらに三叉神経や馬尾などの広範な領域にも同様の病変が認められた点が特徴的であり,従来の疾患とは一致しないものの,Panciera らの報告したエアデールテリアの 1 例と類似していた.本症の原因としては免疫介在性の機序が疑われたが,確定には至らなかった.リンパ球クローナリティ検査では,T または B リンパ球のモノクローナルな腫瘍性病変は否定された. (佐々木 淳)
[参考文献]Panciera, R.J., et al. 2002.Vet Pathol, 39:146-149.