No.1068 ネコの脊髄

鳥取大学


[動物]ネコ, シャム, 雌, 4 ヵ月齢.
[臨床事項]症例は自宅裏口で虚脱状態で発見された. 外傷は無かったが, 後駆は麻痺し, 自力排尿は困難であった. 神経学的検査では両後肢深部痛覚, 両膝蓋腱反射, 肛門反射および尾力が消失していた.
[剖検所見]脊髄は第二腰髄から馬尾にかけて(特に腰髄が)腫大していた(図 1). 第一頸髄から第一腰髄に著変は認められなかった. また, 椎骨に骨折などの著変は認められなかった. 解剖時, 骨盤腔内の出血および右腎臓の出血性梗塞巣が認められた.
[組織所見]第二腰髄から馬尾にかけて灰白質全域は海綿状を呈し染色性が低下していた(図 2). 海綿状変化は灰白質と白質の境界部に特に強く認められた(図 2 矢印). 灰白質内の神経細胞は壊死していた(図 3). 灰白質全域には泡沫状マクロファージ(図 4)および好中球(図 5)が浸潤し, 白質にはスフェロイドが少数認められた(図 6). また, 脊髄神経節に神経細胞壊死が認められた(図 7). Iba-1 抗体を用いた免疫染色では脊髄灰白質と白質の境界部に多数の陽性像が認められ(図 8), Iba-1 陽性細胞はマクロファージ(図 9 矢印)およびミクログリア様の細胞(図 9 矢頭)であった. 脊髄に感染症,中毒ならびに代謝異常を示唆する所見は認められなかった.
[診断]灰白質と白質の境界部に重度の海綿状変化を伴う脊髄灰白質壊死(Traumatic feline ischemic myelopathy)
[考察]本例は組織学的に脊髄(第二腰髄から馬尾)に広範な壊死が認められ, 特に灰白質と白質の境界部の変性が重度であった. 本例の病変の質と分布から, 原因として第二腰髄以下の脊髄における虚血が考えられた. 本例の臨床症状(突然の後駆麻痺), 肉眼所見(椎骨に著変なし)および組織所見(広範な脊髄の壊死)は, Traumatic feline ischemic myelopathy の報告に一致する. 本疾患の発生機序は不明であるが, 腹部に強い外力(交通事故など)を受け, 腹腔内の動脈に循環障害が生じるためと推定されている. 本例においても骨盤腔内の出血ならびに腎臓の出血性梗塞が認められ, 腹部に強い外力が加わったことが疑われた. 本会では, 組織学的診断における「軟化」という用語の使用の可否について議論され, ヒトの神経病理学の情報をもとに「軟化」という用語を使用しない方が良いという意見があり, 上記記診断名に変更した. (櫻井 優・森田剛仁)
[参考文献]
Summers, B. A., Cummings, J. F., de Lahunta, A. 1995. Traumatic feline ischemic myelopathy. pp. 249. In: Veterinary Neuropathology, Mosby-Year Book, St. Louis.