[動物]イヌ,ボクサー,雌,7 歳.
[臨床事項]3 歳時に心電図によるモニタリングで心室性期外収縮,心室性頻拍が認められた.その後特筆すべき臨床症状は無く経過したが,7 歳時に突然死したため剖検が行われ,心臓のみが当研究室に送付された.
[肉眼所見]ホルマリン固定後標本より,摘出された心臓は右室壁がやや菲薄化し,心外膜下は全周性に黄色を呈していた.
[組織所見] 右室壁心筋層の外層から中層にかけて心筋細胞の線維脂肪性置換が認められた(図 1,2,図 2 エラスチカ・マッソントリクローム染色).残存する心筋細胞には大小不同が認められ,しばしば空胞を有していた(図 2 矢印).これらの空胞はオイルレッド O 陰性であった.また,シュモール法で青緑に染色される褐色色素(リポフスチン)を有する心筋細胞も多く認められた.心筋細胞間には単核細胞浸潤が散在性に認められたが,心筋の壊死像は観察されなかった.左室壁外層には,右室壁よりも浅層に限局した心筋細胞の線維脂肪性置換が認められた.左室心筋細胞は全層性に肥大し,心筋細胞内にはリポフスチンが認められた.左室壁心筋層内層から乳頭筋部には線維化した領域が複数認められた(図 3).同領域の心筋細胞は萎縮し空胞が多数認められ,同領域を支配する小動脈には内膜肥厚が認められた(図 4,エラスチカワンギーソン染色変法).ホルマリン固定標本からの戻し電顕では,右室左室とも,心筋細胞内にはリポフスチンと考えらえられる高電子密度の顆粒状物を容れる単層の膜で覆われた胞状構造が認められたが,心筋細胞内に脂肪の存在を示唆する所見は認められなかった(図 5).
[診断]心筋の線維脂肪性置換,左心室壁内層から乳頭筋部の間質線維化を伴う(ボクサー犬の不整脈源性右室心筋症[ ARVC ])
[考察]ヒトの ARVC の特異な例として心筋の脂肪細胞分化の報告があり[ 1 ],獣医領域においても同様の分化を示唆する記述がある [ 2 ].しかし,本症例の心筋細胞内空胞に脂肪は認められなかった.ボクサー犬の ARVC で左心室壁内層に動脈内膜肥厚を伴う線維化の見られた報告はなく,その機序を確定するには至らなかった.本会では心筋の変性壊死を診断名に含めるかどうかが議論になり途中で終了したが,再検討した結果,上記診断名としたい.(山田 直明)
[参考文献] 1) d'Amati, G., di, Gioia, C. R., Giordano, C. and Gallo, P. 2000. Myocyte transdifferentiation: a possible pathogenetic mechanism for arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy. Arch.Pathol. Lab. Med. 124: 287-290.
2) 町田登. 2012. 日本獣医循環器学会獣医循環器認定医プログラム 講座34 犬と猫の心筋症‐総論‐. Veterinary Circulation. 1(1): 78-81.
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