No.1075 ウシの肺

鹿児島大学


[動物]牛,黒毛和種,雌,28 ヵ月齢,体重 794 kg.
[臨床事項]本症例は熊本県で生産され,宮崎県で肥育された後,健康状態の良好な一般畜として,福岡県のと畜場に搬入された.病歴や投薬歴はない.と殺前の生体検査では異常な症状は認められなかった.放血殺にてと殺後,通常のと畜検査を行った.
[剖検所見]解体後検査において,左肺前葉後部に直径約 6 cm の単発性腫瘤が認められた(図 1: Cr; 前部,Ca; 後部,M; 腫瘤).腫瘤は類円形で弾力に富み,充実性で,割面は赤褐色を呈していた.腫瘤は限局性で,肺組織とは境界明瞭であった.横隔膜や腹腔内の肝臓とは肉眼的な連絡は認められなかった.肺以外の全身諸臓器に肉眼的な著変はみられなかった.
[組織所見]腫瘤は限局性に形成され,線維性結合組織に囲まれており,肺組織との境界は明瞭で,組織学的に規則的かつ放射状に配列する肝細胞索で構成されていた(図 2: L; 肺,M; 腫瘤).また,肝小葉が明瞭であり,中心静脈,小葉間胆管と小葉間動脈と小葉間静脈が存在する肝三つ組構造が認められた(図 3).これらの細胞に腫瘍性変化はみられなかった.鍍銀染色では類洞に沿って肝細胞索が規則的に配列し,細網線維が豊富に認められた.ホール染色では胆汁産生はみられなかった.抗 Hepatocyte モノクローナル抗体を用いた免疫染色では腫瘤内の肝細胞は陽性を示し,腫瘤内の小葉間胆管は陰性を示した(図 4).
[診断]肺内異所性肝
[考察]ヒトの胸腔内異所性肝の報告では,胚の発生時における先天的な異常,過去の外傷や横隔膜ヘルニアから続発する後天的な異常,心臓移植手術時に腹腔内の肝臓の一部が血行性に胸腔に播種する場合などが発生機序として考えられている.本症例は手術歴や既往歴がなく,肉眼的に横隔膜ヘルニアが認められなかったことから,先天的な異常により生じた可能性が考えられた. 胸腔内異所性肝への血液供給について, 腹腔内の肝臓や横隔膜とは肉眼的な連続性はなく, 周囲組織または血管から血液供給を受けていた可能性が考えられたが, 肉眼的および組織学的に腫瘤と肺を連絡する血管を確認できておらず, 血液供給の詳細は不明であった. また, 胸腔内異所性肝の胆汁排泄について, 腫瘤と連続する胆管を検出することはできず, 組織学的にも胆汁産生はみられなかったことから, 胆汁排泄は行われていなかった可能性が高い. 胸腔内異所性肝はヒトや動物において報告が少なく,極めてまれな症例と考えられた.(一二三達郎・三好宣彰)
[参考文献]
1) Tancredi, A., Cuttitta, A., de Martino, DG. and Scaramuzzi, R. 2010. Ectopic hepatic tissue misdiagnosed as a tumor of lung.Updates. Surg. 62: 121-123.
2) Hifumi, T., Kawaguchi, H., Yamada, M. and Miyoshi, N. 2014. Intrathoracic ectopic liver in a cow. J. Vet. Med. Sci. 76: 711-713.