No.1077 イノシシの肺

動衛研つくば・山口県中部家保


[動物]ニホンイノシシ,雌,年齢不明(体重約 8 kg).
[臨床事項]衰弱し流涎を呈する本個体を山麓で発見した.翌日,死亡したため,病性鑑定を実施した.
[肉眼所見]被毛粗剛,削痩,体表に多数のタイワンカクマダニの寄生,肺全葉に小葉性の暗赤色巣(図 1),腹腔にフィブリン析出,肝臓に硬結と胆管拡張,胃底部にドロレス顎口虫による出血と潰瘍が認められた.
[組織所見]気管支と細気管支腔内に Metastrongylus 属の形態に一致する豚肺虫の成虫が多数寄生し,粘膜上皮の線毛消失・剥離,粘液滲出,好酸球や好中球の滲出が認められ,周囲に無気肺化した肺小葉が分布していた(図 2).これらの肺小葉の細気管支および肺胞内には吸引された多数の含子虫卵と幼虫が存在し,肺胞内に好酸球,好中球,マクロファージ,多核巨細胞が浸潤し,間質は線維化とリンパ球・形質細胞浸潤により肥厚していた(図 3).一部の含子虫卵の卵殻に好酸性棍棒体の形成,細気管支上皮に重層扁平上皮化生が認められた.さらに,毛細血管や小静脈,小動脈の内皮細胞に好塩基性核内封入体の形成,核と細胞の巨大化,血管内腔の狭窄(図 4)が認められ,一部に線維素析出と出血を伴っていた.これらの封入体は肺炎病変がなく肺胞構造が明瞭な肺小葉よりも,寄生虫性肺炎により無気肺化した肺小葉に多く認められた.同様の封入体は肺の細気管支上皮と肺胞上皮,肝臓の肝細胞やクッパー細胞,血管内皮細胞,腎臓髄質の血管内皮細胞等にも認められた.これらの封入体を持つ細胞は抗豚サイトメガロウイルス抗体による免疫染色に陽性を示し,透過型電子顕微鏡でヘルペスウイルスの形態を示すウイルス粒子が認められた.
[診断]イノシシの肺における豚肺虫性気管支肺炎ならびに豚サイトメガロウイルスによる血管内皮細胞の巨細胞性封入体を伴う間質性肺炎
[考察]本例は豚肺虫,ドロレス顎口虫,豚腎虫等の寄生による呼吸障害や栄養障害等で衰弱し免疫不全に陥ったため,豚サイトメガロウイルス感染症を惹起した可能性が考えられた.また,豚肺虫の幼虫による血管の傷害と巨細胞性封入体形成による循環障害等によって肺の間質性炎が増悪したと考えられた.(谷村 信彦)
[参考文献]
1) 入部 忠, 大谷研文, 宮崎綾子, 芝原友幸,谷村信彦. 2013. 野生イノシシにみられた豚サイトメガロウイルス感染症. 日本獣医師会雑誌, 66(4): 243-247.
2) 芝原友幸, 関口真樹,宮崎綾子,田島明子,清水眞也,久保正法. 2012. 豚サイトメガロウイルス病の診断. 日本獣医師会雑誌65(6): 429-435.