No.1089 イヌの眼球

摂南大学


[動物]柴犬,雄,15 歳.
[臨床事項]9 歳頃右眼球の異常を主訴に動物病院へ来院.眼圧の上昇と眼底出血が認められた.滴眼治療により眼圧をコントロールしたが,眼底血管の所見は改善しなかった.腎機能の低下と血圧の上昇は初診時に既に認められ,徐々に増悪した( BUN: 20 から 130 mg/dL,Cre: 1.4 から 3.4 mg/dL,BH: 150/95 mmHg ).
[眼底血管造影]網膜血管の蛇行,蛍光漏出,無潅流血管が認められた.
[組織所見]神経網膜において血管壁の肥厚,出血,好酸性沈着物が広範に認められた.壁が肥厚した血管が神経節細胞層から内網状層にみられ,一部の血管壁が硝子変性(↑)を示した(図 1).血栓形成による管腔が閉塞した血管(↑)も認められた(図 2).内網状層から外顆粒層におよぶ広範な出血,外網状層から外顆粒層における好酸性沈着物がみられた(図 2).好酸性沈着物は PAS 反応および抗アルブミン染色に陽性を示した(図 3,図 4).網膜神経節細胞が減少,部位によっては消失し,神経線維層も萎縮していた.網膜をトリプシン消化し作製した網膜血管伸展標本では内皮細胞を欠く非常に細い無細胞血管(↑)が多数に認められた(図 5).脈絡膜には中膜平滑筋細胞が増殖し壁が肥厚した動脈(↑),強膜には壊死および石灰沈着がみられた(図 1).視神経乳頭の cupping 現象は不明瞭であった(図 6).隅角が広く開いており,隅角の表面が線維色素性膜(↑)で覆われ(図 7),線維柱帯構造(↑)が不明瞭となっていたが(図 8),ほぼ正常な部位もみられた.
[診断]網膜の小動脈壁の肥厚および内腔の狭窄,網膜神経節細胞の消失および隅角形成不全
[考察]本症例にみられた病理所見から二つの疾患が考えられた.一つ目は先天異常である隅角形成不全である.隅角の構造異常が非連続的に観察されたこと,視神経乳頭のcuppingは顕著ではないこと,高齢になってから緑内障が発症したことから,構造異常は部分的と考えられた.加齢に伴い前房の房水貯留が徐々に増加,隅角が開いた状態となり眼圧が上昇し,網膜神経線維層の萎縮,神経節細胞の脱落に陥った.二つ目は,高血圧性と考えられる網膜や脈絡膜の小動脈血管壁の肥厚および内腔狭窄である.内皮細胞や平滑筋細胞が損傷を伴った結果,壁の硝子変性,血漿性漏出物および出血にいたった.網膜血管の蛇行,無潅流血管,蛍光漏出や出血は糖尿病性網膜症にもみられる所見であるが,本例が高血糖を示さず,高血圧の既往があることから高血圧性網膜症と診断した.緑内障と高血圧性網膜症の因果関係は不明であった.(松原 健嗣)
[参考文献]
1) Richard R. Dubielzig. 2010. Veterinary Ocular Pathology : A Comparative Review Saunders.
2) M. Grant Maxie. 2007. Pathology of domestic animals Vol.1. Saunders.